2:どうしてこうなった!
初めに感じたのは光と優しい温もり。
んん、朝、かな?
……なんだ、身体が思うように動かない。
あ、ああ、そうだ、えと、転生したのかな?
意識がはっきり、しない。
もしかしなくても産まれたばっかり……?
身体を包むような温かさは誰かに抱き上げられてるのか……。
あーだめだ、限界、ねむい……寝ていいよね?
……うーん?
本能に忠実に寝たい、でも、なんか妙な感じがする。
なんていうか背中がゾワゾワっ……ピリピリっ……って。
どうもボクを抱いている人から不穏な気配がする。
えぇ……産まれてすぐにピンチとか聞いてないよ!
今のところ前世通りの意識はあるけど“力”は九十九さんの言う通り今は使えなさそう。
正真正銘、か弱い赤ん坊のはずなのに……。
眠気との戦いながら意識を保つために集中。
少しでも情報が欲しいところだけど。
頑張って目を開くくらいしかやれそうなことがない!
その目も瞼が上手く開けれないって状況なのだけど。
なんとか力を入れてちょーっとだけでも。
ぐぬぬっ、お、いけそう……!
朧気でよく見えないけれど視線の映ったのは女の人、か?
抱いたボクを見下ろし無表情でじっと見つめている。
端整な顔つきは無表情と合わさって鋭ささえ感じる長い黒髪の女性。
美人は美人だけれど、一番気を引くのは、引き込まれそうなほど深い漆黒の瞳。
漆黒と視線が交わる。
「ぁ、う……っ」
目が合ったとたん息が詰まる。
声にならない声を絞り出し、無理にでも呼吸をしないと意識が保てない。
なんだ、この人っ!
なんで産まれたての赤ん坊にこんな圧力掛けてんの!?
泣き出したいというか、普通の赤ん坊なら意味が分からなくも本能で泣き出だろこれ。
ボクは泣こうにも泣けない! 転生者というか男の意地、みたいな!?
目をそらすこともできずに暫く見つめ合う。
まぶたが重いとかどうとか言ってられない!
どうしよう……どうする……!
九十九さんの配慮も空しく、産まれた直後に転生人生終了なのかっ!?
「…………」
どれほど時間が経ったのか分からないけど、何かに納得したかのように頷くと圧を解いた。
変わらず無表情のはずなのにどことなく優し気に口元を緩めボクの頬を撫でる。
なにこれー大丈夫、なのかな、実はヤバイ人じゃなかった…?
緊張がなくなって一気に力が抜けるのを感じる。
撫でられる頬も気持ちがいい……あーねむけがもどってきた。
げんきんだとは思うけど、あかちゃんだししかたないっ。
しかたないしー……こー圧がないとこの人のにおいとか、おちつくー……。
いいよねー……ねますよー……ねるからねぇ……ぐぅ……。
* * *
衝撃の目覚めから暫くして日が経ったけれど至って平穏だった。
うすうすそうじゃないかなーとは思ってたけれど、あの凄い圧出してきた女の人ね。
どうやら産みの親でお母さん、だった!
自分の子どもに何をしているんだこの人……まさか、気付かれてる? 生まれ変わりってこと。
……まじかー? いや、思考は前世から続いているけれど現状は肉体に引っ張られて長く意識を保っていられないし。
ちょくちょく寝ては起きてはなんだよね。
基本的に寝かされているベッドのある部屋でお母さんと過ごしている訳だけれど。
他の家族やらお手伝いさんっぽい人が来るので賑やかだった。
お陰でこの世界の言葉もちょっとは分かるようになってきた。
実のところ前世で使ってた言語に近いものがあったので難しくはない。
まぁ世界の成り立ちを考えるとありえる、かな。
一人で納得するなって? そのうち機会があれば、ね!
兎も角、寝ぼけたりしつつここ数日で家族構成を把握できた。
父と母に姉と兄が一人ずつにボク、これが今生で一緒に暮らしている家族だ。
それなりに裕福なのか家事とかは結構お手伝いさんに任せているみたい。
転生先としては悪くない家かな? いや、うん、良い悪いなんていうのもおこがましいけれど。
目覚めた瞬間の衝撃は未だに忘れられないけれど、ボクは恵まれている子だ。
そこは神様、というか九十九さんに感謝だね。
頑張って好きに生きてみせます!
とか意識が起きている内に考えごとをしているとお母さんがこっちをじーっと見ていたりする。
……最初みたいに圧を掛けてはこないけれどちょっと怖いよ。
お母さん、名前はオウカというらしい。
前世の地球でいうところの黒髪黒目で東洋系の女性だ。
この人絶対只者じゃない、けれど日がな一日ボクと一緒にこの部屋で過ごしている。
読書したり物書きをしたりと何気なく過ごしているんだけど、細やかな所作から武術を嗜んでいる風格を感じる。
それも結構な強さの強者と思われる。ホント何者だろ?
まぁうん、お母さんが何者かはそのうち分かるだろう産まれたばっかりだしこれからこれから!
だって他にもね、どうしてこうなった案件があるからさ、うん。
ほんと、どうしてこうなった!
さっき九十九さんに感謝したばっかりだけれど、こんなの聞いてないよ!
いやまぁうん、確認した訳じゃないから今更文句を言っても意味ないか。
はぁ……んおぅ……。
ちょっとやるせない気分でいるとお母さんがボクの頭を撫でる。
……察されたのかな? 察しよ過ぎじゃない?
撫でらるのに弱いんだよー気持ちいー……はっ、そうじゃない。
「だぅ」
「ふむ、そうか」
何でもないと身振りしてみる頷き手を引っ込める。
そんなやり取りをしているところで部屋の扉が開かれる。
「ただいま!」
現れたのは癖のある栗色の髪に青い瞳の垂れ目な男性。
「お帰りクレイ、少し早いか?」
お母さんが無表情ながら口元を緩める微笑む。
クレイと呼ばれたこの人、そうです、ボクのお父さんです。
「ふふっ、最近仕事が立て込んでいたからね、今日こそはと頑張ったんだよ!」
嬉しそうにしながらベッドの脇までやってきて満面の笑みでボクを見下ろす。
「ただいまーパパですよー!」
うん、知ってた!
弛み切った表情でボクの頭をなでるお父さん。
うーん……悪くはないけれどお母さんの撫でテクよりは劣る……。
男女の違いって訳ではないしそんな極論で片付けられることじゃない。
まぁ無反応なのも申し訳ないしと手足を動かしてみた。
すると弛んだ表情を更に崩して嬉しそうにしている。
表情筋どうなってるの大丈夫?
「はーやっぱり僕たちの赤ちゃんは可愛いなぁ」
「キキョウやカイルの時にも同じことを言っていたな」
「そりゃそうだよ、可愛いからねぇ!」
この調子でお父さんは随分と子煩悩というかなんとうか、家族愛に溢れる男なのだった。
お母さんと違って武力的な強さを感じはしない。むしろ優し気で周囲を和ませるタイプな雰囲気をしている。
愛情は嬉しいのだけれどこれからずっとこの調子だと思うと……ははは……はぁ。
「程々にしておかないと直ぐにうんざりされるぞ」
「オウカは冗談が上手いね、この子はまだ産まれたばっかりだよ」
はははー……ごめんお父さん既に若干、ね?
「それに僕たちの娘の可愛さは、ほんと最高だからね! 可愛がって当然さ!!」
そうこれが、ボクをやるせなくしていた理由。
今生のボクはどうやら女の子で生まれたようだ。
転生したら性別が変わってました!
どうしてこうなった!!