もう俺の職業欄、転移転生者でよくねぇか?(短編)
あらすじにも書きましたが、連載用作品の冒頭部分を短編にしました。
俺の名前は無い。
俺は今、“神卓会議”と呼ばれる会場の隅に腕組みをしながら壁にもたれている。円卓のテーブルに用意された椅子に座るのは、もちろん“神”と呼ばれる者達。議論しているのは、次は俺を何処の世界に送り込むかを決めている。転生、転移。幾度となく繰り返した俺は、今や神の駒となり果てていた。
別に勇者とか世界を救うとか正義ぶるつもりもなく、かといって魔王や世界を破滅させる気もない。神曰く、俺が転生、転移した世界は、ほどよい混沌と希望を与えるという。そのほどよい加減が世界に進化と発展をもたらすらしい。
らしい、っていうのは、俺はその頃にはその世界にはおらず、次の世界へと転生か転移を行っているため、見たことないのだ。
俺にメリットが無いって? そうでもないさ、転生、転移した後は、俺の自由だ。特に神から何か指示があるわけでもない。
好き勝手にいることが、その世界に混沌と希望を与えるみたいなんだな。
席に着く六人の神。今はその内の一人は、黙りを決め込んでいる。
神だからなのか、ムカつくほど鼻筋が通り目鼻立ちがくっきりとしたく黒髪長髪の美形の男性。
黙りを決め込んでいるのは、前回の転移がこの神の世界であった為だ。
二度続けては、暗黙の了解で禁止されている。
俺が今この場にいるのは非常に珍しい出来事で、いつもなら今いる世界からすぐに転移なり転生なり行われるのだが、今回は二人の神の言い争いで次の世界が決まらないのだ。
「次は俺の世界だ!」
「いいえ、私の世界よ!」
同じ赤髪の神が卓を挟んで譲らない。性別が神にあるのかは知らないが、同じ顔をした男性と女性の神。どうやら話を盗み聞いていると、双子みたいなのだが。
以前、この二人の世界にも何度か転生、転移で行ったことがあるが、まぁ双子というのも納得出来るくらいに良く似ている。
唯一対照的なのは、お互い自分を神と崇めさせて、相手を悪魔の親玉のように仕立て上げているところだろう。
二人を見ていると神も馬鹿だなぁってつくづく思う。一人目から順に時計回りでも反時計回りでもいいから順番決めればいいのにと。
もちろん俺がそれを口にすることはない。相手は神だし、余計な口を挟むと俺が怒鳴られる。
俺は神の駒だからな。ここは沈黙を決め込む。
「北の、お前のところはどうなのだ?」
神にも名前はあるみたいだが、どれもこれも長ったらしい名前で、俺も一度聞いたが覚えていない。
神同士でも、大体略称で呼んでいる。
一番最古参っぽい白髪白髭の神が、この場を取り仕切るかのように、まだあどけない顔をした青い髪の美少年、「北の」なんたらって言う神に問い掛ける。
「僕のところは前々回行ってもらったからね。今は困ったことはないよ。それより君のところはどうなんだい? 確か“地球”とか言ったっけ? 困ったことになっているって前に言っていたじゃないか?」
美少年の神が隣に座る空色の短髪の女性へと話題を振る。
長い脚を組みスリットからは白い太股を覗かせ、背もたれにもたれると、二つの大きな双丘が揺れる。
「あそこは、もう暫く放っておくよ。かなり限界に来ているからね、戦争でも起こして半分くらいに人口が減ってくらいに、救世主として行ってもらうさ」
なんだそれ、そんな世界に送り込まれても面白くも何ともないではないか。
「それに……“地球”は、あの子の生まれた世界だからね。転生させるのはもっと先にするつもりさ」
そうなのか、それは初耳だ。俺には膨大な人生を歩んだ記憶を、一ヶ所に記録するアイテムを貰っていた。
度々確認で見ることがあるが、そこに地球での記憶は無く、地球に興味が湧くものの、残念ながら俺に意見することは出来ない。
「よし! 私の勝ち!」
双子の神達は、どこから取り出したのかボードゲームのようなもので勝負していたみたいだ。人が目を離している隙に全く……。
「おい! また俺が悪役に扱われていたら、そっちにつけ!」
双子の男性の神が俺にこっそりと囁くが、俺はすぐに丁重に断る。
「無理だな。俺は好きなようにやるだけだ」
融通の効かん奴だと悪態をつくが、これは俺のポリシーでもある。何をするのかは俺の自由。とは言うものの、混沌としている方が楽なのは楽。
逆に希望に満ちている良い子ちゃんばかりだと、厄介なのは厄介だ。
次に向かう世界の資料を手渡され目を通すと、どうやら後者の方で俺は気が滅入る。
そこは規則正しく、規律や法を遵守する世界。
少しでも外れるとその世界から無かったことになるように始末する──という訳ではなく、外してしまったことにより絶望し、自ら死を選ぶ世界。
どんな世界の人でも、過ちや間違いは起こる。たとえそれが自ら望んで居なくても──だ。
ところがこの世界では、それすら自らの過ちと絶望してしまう。
結果、この世界の人々は、ロボットのように規則正しく行動し、自我を持たなくなってしまったようだ。
何ともつまらない世界。自我を持たなくなったせいで、発展すらも放棄して現状で満足してしまっていた。
とにもかくにも、次の世界が決まりホッと胸を撫で下ろすが、そうは問屋が卸してくれなかった。
「うぃーっす! やってる?」
軽薄な口調の茶髪の男性が会場に入ってくる。厄介なことになってしまった。
茶髪の男性は何事もなく、卓を囲む七つ目の席に座る。
そう、彼は軽い態度と口調と見た目とは裏腹にこれでも七人目の神。
神は悠久の時を過ごす為、時間に縛られない。今回も集合時間を決めていたが、集まったのは半分の六人。更に七人目も遅刻したとしても悪びれる様子もない。
そのくせ、責任感だけは強い為、一度集まると決まるまで退席することはない。
「あのさぁ、うちも困ってんだよねぇ」
やはり、こうなってしまったか。既に決まった所でこんなことを言い出すと、全てが有耶無耶にされてしまう。
──時間無制限の会議の再開。
俺は忙しそうに動き回る天使の一人を掴まえて訪ねる。
「始まってからどれくらい経つ?」
「そうですねぇ。三百と二十年ほどでしょうか」
答えを聞いて俺は思わず大きなため息を吐く。俺自身も時間に縛られないし、疲れないし、睡眠も空腹も無いため問題ないが、ひたすら退屈なのだ。
「転職してぇ」
「あはは。一体何処に転職するのですか」
ボソリと呟いた声に、掴まえた天使が相手をしてくれる。忙しいだろうに、わざわざ悪いね、俺の愚痴に付き合ってくれて。
「特に決めてねぇ。俺には名前も年齢も無いけど、そろそろ前職の職業欄に“転移転生者”って書けると思うんだが」
「あはははは。そんなの雇う人、神様くらいですよ」
「やっぱりそうだよなぁ」
俺は再び大きくため息を吐く。せめてあと三百年くらいで終わって欲しいものだと、文字通り神様に願いながら。