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陰陽師は蒼茫に抱かれる  作者: キツツキノ
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第二話 年下の子

 繁華街の中の雑居ビルの一階にある店舗。看板はなく来るものを拒む雰囲気を醸

し出している。にも関わらず、扉は自動ドアで外からは様子が丸見えである。一見

するとアンティークショップや古道具屋といった感じだ。

 久我が自動ドアを開け、店内へと入っていく。レジにいる店員は女性だが、久我

を見ても逃げ出すことなかった。美人特有の雰囲気が感じられるが、魔法使いの帽

子を深く被っているため顔が良く見えない。ただ、その落ちついた声から察するに

久我よりかは多少年上だろう。


「いらっしゃいませ、久我様。左句矢から聞いていましたが、その呪いは凄まじい

ですね。人間の女性が寄ってこないのも頷けます」


 久我は苦笑い。

 

「慣れたくありませんが、もう慣れましたよ。貴女は新しい店員さん? 人間では

ないようだけど」

「はい、左句矢の手伝いをしています。久我様の事も聞いております。その呪い、

化物相手ですと効果が薄まるんですね」

「それなんですよね」


 店員は興味深く久我を見る。久我は自身の呪いが人間以外には大して効かないこ

とにとっくに気づいていた。だからこそ、久我はこの呪いの底意地の悪さを感じて

いた。陰陽師の中には化物を使役する者もいる。遥か昔はその使役する化物を慰み

ものにしたり、妻にした陰陽師もいたが、今は化物との性行為は一切禁止されてい

る。陰陽師と化物の子供は凄まじい力を持ってしまうため、人間社会にまるで適応

出来ないからだ。それにそんな力を持ってしまったがため、害をなす者さえ現れ、

大きな争いが起きたこともあった。


 この禁を破れば、陰陽師としての全ての力や術は失わされ、性行為の相手となっ

た化物は滅せられる。さらには術によって生殖能力をも無くなってしまうという。

 久我は、それさえなければ自分は一線を超えてしまっていたかもしれないと思う

ことがある。だが、二度と生殖不能になるのは耐えられない。一時の快楽のために、

今後の可能性を捨てることなど、久我には出来ないのだ。


 自動ドアが開いた。身なりの整った初老の男が入ってくる。ジャケットスタイル

の、一見すると物腰の柔らかい、まるで永遠のプレイボーイのような男だ。

 男は左句矢壮一という。

 左句矢は、近代以降、化物との性交渉の禁を破った数少ない陰陽師の一人であり、

この店の店主であった。

 

「こんにちは、久我君」

「こんにちは、左句矢さん。いきなりで何ですが、紙人形用の紙を下さい」

「もう無いのか。君は本当に術の才能がないんだなぁ。まぁこちらとしては、お陰

でボロ儲けさせてもらっているがね」

「こちらは、かつかつになってしまいましたよ」


 一旦、店の奥に引っ込んだ左句矢が高そうな和紙を抱えて戻ってきた。


「えーと、今回も五十枚でいいかい? もっと買ってくれてもいいけど」

「五十枚でいいです。私も日々精進していますので、術が上手くなれば、こんな高

い紙を買わなくて済みます」


 久我は財布から一万円札を50枚出し、左句矢に渡した。


「いやぁいつも助かるよ。ありがとう」

「いえ、次は一枚十円の人形用の紙を買いに来ますから」

「あれは、最上位の術使いじゃないとダメだよ。久我君は最高級のでないと紙人形

を作れないんだから、無理だって」

「分かっていますよ。私の術の力ですと紙の質に頼らないといけないことぐらい」


 久我は左句矢から紙束を受け取った。


「サービスで5枚ほど追加してあるから。頑張りなよ」


 久我は頭を下げた。

 

「ありがとうございます、左句矢さん。ところで奥さんをこちらの世界に出すのは

程々にした方がよろしいかと。どこでボロが出るか分かりませんよ」


 左句矢は一瞬ドキッとしたが、平静を装う。


「あれ、気がついていたのかい」

「いくら左句矢さんの魔法の帽子で人間に偽装したとしても、私には分かります」

「君は女性の気配に敏感だもんね。彼女は人として育っているから、こちらの世界

の方が性に合っているんだ」

「それはまた複雑そうな」

「そうだね、また今度にでも聞かせてあげるよ」

「くれぐれも気をつけて下さいよ。陰陽師と化物の性交はご法度中のご法度ですか

らね。もし左句矢さんが捕まって店が無くなったとしたら、私は嫌ですよ」


 と言いつつも、久我は催促するように手を出した。

 左句矢は仕方なさそうに、紙を更に5枚追加する。


「さすが、左句矢さん。私はより一層の精進を誓います」


 久我は意気揚々と店を出て行った。

 

 店員の女性が魔法使いの帽子をさらに深く被る。表情が見えないどころか、顔す

らも見えなくなってしまった。何だか恥ずかしそうにしている。


「大丈夫だと思っていたけど、気づかれていたわ」

「まぁ、久我君ぐらいしか気がつかないよ」

「本当に大丈夫なの? 他の陰陽師の方に気づかれたりしない?」

「その帽子を被っている限り、大丈夫だ。久我君は女性に縁が無さ過ぎて目ざとく

なりすぎているから、気づいたんだよ。普通は気づかない」

「なら、いいけど……」

「ミゾレは心配し過ぎだよ」


 左句矢はミゾレと呼ばれた化物の肩を抱いた。

 

* * * * * * * * * *


 久我が自室に戻ってきた。おもむろにスマホのマッチングアプリを見る。

 女に避けられる呪いがかけられている以上、久我にとってもはや意味のないアプ

リなのだが、そうと知っていても、見てしまうのは人間の性であろう。

 アプリのマイページを見て、久我はおののいた。


「まさか、いやそんなことは……」


 マイページには「いいね」が1万越えの女性とのマッチングが成立したことが表

示されていた。


「いや、まて。これは何かの間違いでは」


 久我が利用しているマッチングアプリは、相手とやり取りするために「いいね」

をしなければならない。いわば「いいね」はアプリ内での人気のバロメーターなの

である。

 このマッチングアプリは真剣度を売りにしており、遊び目的が少ないことを喧伝

している。そのため、会員数は多い方ではない。その中での「いいね」が1万越え

である。この数字はあり得ないといってもいい。久我自身、ダメ元で「いいね」を

したクチだ。それがまさか、マッチングするとは。

 久我はアプリに表示されている女性の写真を見る。


 大きい瞳にふわっとしたショートボブ。背はそれほど高くなく、細い手足。顔つ

きは日本人だが、ホワイトブロンドが良く似合っている。見れば見るほど、吸い込

まれていくような……。


 久我は自分の平凡な顔を鑑みる。とても自分とマッチングしてくれるようなルッ

クスではない。


 やはり、職業を自営業にしたからだろうか。収入は年によってバラつきがあるた

め、とりあえず400万~にしたが、この年収でこれほどの美女が引っ掛かるとは

思えない。まさか化物の類が、自分を引っかけるために罠をしかけている?


 久我は悩み逡巡したが、とりあえず、やり取りをすることにした。例え、女が寄

り付かないにしても、ひと時の幸せが欲しいのだ。仮に化物であったなら、何か手

を考えよう。久我が思索を巡らせている時、ドアの向こうから、とても可愛い舌足

らずな声がした。


「久我様、只今戻りました」

「入っていいぞ」

「はい」


 扉が開き、白いオコジョがするりと入ってきた。オコジョは久我の前にちょこん

と座る。


「何だか妙なご様子。何かいいことでもありましたか?」

「何でもない。それで呪いの調査の方はどうなった?」

「進展はありませんでした」

「そうか。そういえば体は大丈夫か?」

「はい、久我様に治してもらってから、今まで異常なしです」


 久我は自身の呪いについて高位に任せるだけでなく、自分でも探していた。高位

の言うことを全て信用しているわけではないのだ。

 オコジョは久我が高位と出会ってから、最初に命を助けた化物である。北国へ仕

事に行った際に、傷つき野たれ死にかけていたのを久我が助けたのだ。高位に会う

以前の久我であれば、捨て置いただろう。以来、オコジョは久我に恩返しをせねば

と、久我の従者になっているのだ。久我はオコジョの報告に若干の残念さを滲ませ

る。


「良かった。今日はもう休んでいいぞ」

「わかりました」


 オコジョはぺこりと頭を下げ、久我の部屋を出て行った。


* * * * * * * * * *


 久我が人外としか思えないような美人と知己を得てから、数日が経った。マッチ

ング以降やり取りを繰り返し、久我は美人と会う約束を取り付けた。

 繁華街のターミナル駅の改札前に久我は立っていた。相も変わらず、久我の周囲

には女性が近寄らない。久我が腕時計を見る。

 そろそろ集合時間だ。

 久我は辺りを見回す。あれほどの美人は否が応でも目立つものだが、見当たらな

い。やはり冷やかしか、それとも何かの罠かと久我が思い始めたその時、後ろから


「あのう、キリさんですか?」


 大人びた美女の声が聞こえた。久我が振り返るとアプリの写真通りの美女がそこ

にいた。ちなみにキリというのは、久我がアプリ内で使っているニックネームであ

る。自分を見てもまるで嫌がらないこの女性に、久我は瞬時に「彼女は人間ではな

い」と察した。しかし、それにしても完璧に人間に化けている。久我は「俺以外に

気付く人間はいないだろう」と思っていた。


「はい、貴女はアーミンさんでいいんですよね」


 アーミンとは美女がアプリで使っているニックネームである。


「はい、そうです」


 アーミンは久我に笑顔で返す。そのまぶしさに久我は目が眩んでしまいそう。

 人懐こく、アーミンは久我に、


「あのう、私行きたいところがあるんですが、いいですか?」

「あっ、ええ、はい。いいですよ」


 久我は決して警戒を解いたわけではないが、ドキドキしているのは事実である。


* * * * * * * * * *


 アーミンが行きたいといっていた場所は、ターミナル駅近くの商業施設にある映

画館であった。出来て日が浅いだけあって、映画館内は綺麗だが久我はすぐに不穏

な気配を感じ取ってしまう。

 久我の視線の先には、半透明のいわゆる幽霊が多く見えていた。更には身を見え

なくしている化物までチラホラいるではないか。


「あー、わりといるな、ここ」

「どうか、されました?」

「いえ、人が多いなと思いまして」


 久我は慌ててごまかした。

 実は映画館には割とこういったものがいる。話題作やシリーズものの最新作が上

映された時は特に多い。今日はそんな作品は上映されておらず、更に平日なのでそ

う人外はいないものかと、久我は思っていた。人外に反比例して人間の数は少ない。

 まぁ、こういう日もあるのだろう。

 目に見えないもの達が囁いている。


「おい、あれ久我霧雄じゃないか。横にいる人間の女は誰だ?」

「久我に人間の女だと!? 何かの間違いじゃないのか」

「しかし、あれはどう見ても人間だぞ」

「確かにそうだが、いや、しかし……」


 人外たちはアーミンをジロジロと見る。


「やっぱり人間だぞ」

「どういうことだ」

「どうもこうも、これは事件だぞ。大事件だ」


 久我は人外たちの囁きにイラつき、彼らを睨みつける。手を振ってあっちに行け

と威圧する。人外たちは気圧され、映画館をぞろぞろと出ていった。

 久我はアーミンを見る。アーミンは嬉しそうに久我に微笑み返す。そんなアーミ

ンを久我は訝しんだ。「化物であれば見えているはずなんだが、見えていないフリ

をしているのか」久我は暫く様子を見ることにした。


 アーミンが上目づかいに久我を見る。彼女は久我よりやや背が低かった。

 

「キリさん、私あの映画が見たいです」


 アーミンが指差した先の映画は、ガチガチの恋愛映画だった。10代に大ヒット

しそうな実写映画である。初対面の美人からいきなり恋愛映画に誘われたら、例え

罠であったとしても、快諾してしまうのが、久我という男である。

 

「いいですね、これにしましょう」

「ありがとうございます」


 アーミンは心の底からの笑顔を久我に向けた。

 

* * * * * * * * * *

 

 久我とアーミンが映画を観ている。男女が何らかの事情で今にも別れそうになっ

ているシーンに差し掛かっていた。久我は自分にあまりに縁がない場面ばかりが続

いていたせいか、興味なさそうに観ていた。「こいつの目的は何なんだ」と久我が

映画に飽きてきた時、アーミンの手が久我に触れた。その触り心地のいい手に、久

我は驚く。まるで人間ではないか。「こいつ、本当に化物なのか」久我はアーミン

の顔をマジマジと見た。アーミンは照れて顔をそむける。久我にはアーミンの真意

が読めない。「試してみるか」久我は顔をそむけたアーミンをじーっと見つめプレ

ッシャーをかける。「並みの化物であれば、これで尻尾を出すはずだ」


 しかし、アーミンには何の変化もない。顔をそむけたまま、久我の手を強く握っ

てきただけだった。久我は思わず、手を握り返してしまった。「こんなはずでは」

久我はどうしていいか分からなくなった。


 映画の方はというと、男女が高層ビル群を照らす月光を背にして見つめ合ってい

るシーンが流れている。


* * * * * * * * * *


 結局、映画上映中には何も起こらなかった。映画が終わった後は、近くの喫茶店

で映画の感想を言ったり、お互いの事を話したりした。


「キリさんのお仕事って、陰陽師なんですよね。やっぱり大変なんですか?」

「そうですね、収入は不安定だし、いつ体を壊してリタイアするかも分からないで

すから。ただ、それでもちょっと前までは、まだ楽だったんですけどね。最近は経

費がかかって、かかって、もう本当に嫌になりますよ」


 そういってコーヒーを飲もうと口にした瞬間、久我は吐きだしそうになった。

 コーヒーが泥水になっている。「今日は静かだと思っていたが、やはりどこかで

見ていたか……」


「どうか、されました?」

「いえ、何にもないですよ。大丈夫です」


 アーミンは心配そうにしている。


「私は陰陽師って良い仕事だなって思ってます。知り合いが陰陽師に助けられたこ

とがあって。凄く感謝しているのが凄く印象深くて」

「そうなんですか。その陰陽師の名前ご存知ですか? 今度伝えておきますよ」


 アーミンは少し慌てて、

 

「あっすみません。名前までは知らないんです」

「いえ、いいんですよ。気にすることでもないですし」


 久我は、自分を理解してくれる女性と話している内に、何だか楽しくなってきて

しまった。得体は知れないが、こんなに女性と話したのは生まれて初めてだ。アー

ミンへの疑念は晴れていないが、今はもういいか、と思い始めていた。


* * * * * * * * * *


 喫茶店を出た久我とアーミンは、どちらからともいわず、何だか自然と足が向い

て、川べりを歩いていた。川べりにはカップルが何組も座っていて、男達は本能で

ついアーミンを見てしまい、女達の不興を買っていた。それなりに歩いたのだろう。

周囲に人がいなくなっている。

 二人は川の間を渡している石の上をゆっくり歩いている。久我が先導してアーミ

ンがその後ろをついていく格好だ。久我が危なっかしいアーミンを見ていると、彼

女は「ヒッ」と言い、石から滑り落ち川へとこけてしまった。怯えている。

 久我がアーミンの視線の先を見ると、大きなヒルのような化物が大口を開けてい

る。


「その女を食わせろ、久我ー。お前と一緒にいることが出来る人間の女はレアもの

の極上に違いねえ」


 久我は石ころを拾うと、指で弾いて飛ばした。破裂音と共にヒルが風船のように

破裂する。小さなヒルがポトリと落ち、地面を這っている。久我がそれを掴んだ。


「弱いくせに、手を出してくるんじゃないよ」


 久我は大きく振りかぶると、ヒルを遠くへ飛ばした。そして、アーミンへと駆け

よる。アーミンは左腕にケガをしている。


「大丈夫ですか?」


 久我はアーミンのケガをしている個所に手を当てようとしたが、アーミンは驚い

て、腕を引っ込めてしまった。何とも微妙な雰囲気が流れる。


「いや、変なことをしようとしたわけではないんですよ。その、ちょっと治そうか

と思っただけで」


 久我の手が薄く青く光っている。


「あっ……。すみません」


 アーミンが腕を久我に見せた。

 

「いえ、こちらこそ唐突で、すみません」


 久我がアーミンのケガの箇所に手を当てると、傷がゆっくり治っていく。


「こういうのが得意な人は、一瞬で治せるんですけどね。私はまだまだで」

「……いいえ、嬉しいです。ありがとうございます」


 傷が完全に治ったタイミングで、久我は聞いた。


「あの、アーミンさんは人間ではありませんよね」


 アーミンは無言である。


「化物でも騙せるほど完全に人間に化けてますけど、実は私は人間かそうでないも

のかに凄く敏感でして、それで何というか分かってしまうんです」

「すみません。でも決して騙すとかからかうとか、そんなんじゃないんです」


 二人の間に少しの沈黙が流れた後、アーミンが恐る恐る口を開いた。


「こんな時にいう事じゃないとは分かっているんですけど、また会ってもらえませ

んか? そしたら、私の事、もう少し分かってもらえると思うんです」


 久我は考える。アーミンは人間に害をなすような化物ではない。それは今日一日

一緒に過ごしてみて分かった。仮にこれが演技だったとしても、その時に対処すれ

ばいいわけで……。などと久我が逡巡していると、アーミンが、


「あの、これ私の電話番号です。よかったら電話して下さい!」


 と、電話番号が書かれた紙を渡してきた。久我はアーミンに押しに押されてしま

い、紙を受け取ってしまう。


「あっ、ありがとう」


 アーミンは感極まった様子。途端、アーミンの髪の毛がホワイトブロンドから、

真っ白になってしまった。


「あっわっ」


 アーミンは慌てて、頭を押さえる。その手もどことなく人と獣の手が混じってい

る。


「すみません、今日はこれで失礼します!」


 大慌てで頭を下げると、アーミンは猛スピードで去って行った。

 久我は自分の手を見た。アーミンと手が触れた時の事を思い出す。 

 辺りは徐々に暗くなり始め、街の灯りがともり始めた。

 

* * * * * * * * * *


 左句矢の店の片づけをしていると、慌てたアーミンが店に入ってきた。

 途端に姿が白いオコジョに変わる。

 

「そんなに慌てて、どうしたんだい?」

「久我様の前で変化が解けそうになってしまって」

「それは危なかったね。で、今日はどうだった?」

「すごく、楽しかったです。久我様の手に触れることが出来たんですよ」

「へー、それは良かったね」

「でも、途中でほんの少しだけ威圧してきた時は、もうダメかと」

「よく我慢できたね。君ぐらいの小妖怪は久我君のプレッシャーは相当しんどかっ

たでしょ」

「はい、ほんの少しといえど、久我様のプレッシャーですから、死ぬかと思いまし

た。でも、化物から私を助けてくれたりして。やっぱり優しい……」


 二人の間に、ミゾレが入ってくる。


「左句矢、そろそろ店じまいです」

「あっ、すみません」


 オコジョは頭をペコリと下げると、店を出て行った。

 

「あの子が限りなく人間に化けられる子なの?」

「そうだよ」

「そんな力があるようには見えないわね。生まれて20年も経たない小妖怪なんで

しょ?」

「ミゾレの言うとおり、本来なら小妖怪にそんな大層な力はないね。彼女の場合、

久我君と一緒にいたい。久我君の夢を叶えたいという彼に対する愛が、彼女を化け

させたんだ」

「大丈夫かしら。私たちみたいに一線を超えちゃうんじゃ」

「うーん、どうだろう」

「それにしても愛か……。私は左句矢への愛が足りないから、人になりきれないの

かしら」


 ミゾレは魔法使いの帽子を目深に被る。


「人に限らず、向き不向きってのがあるから」

「知ってる」

「私はね、彼女が完全なる人化を掴むんじゃないかと思っているんだ」

「もしそうなれば、私は人として左句矢と一緒にいられるかもしれないのね」

「そうだね、いつの日か……」


 左句矢がミゾレの肩を抱いた。

 

* * * * * * * * * *


 久我が住宅街の夜道を一人で歩いている。少し先をオコジョが歩いていた。


「おーい」


 オコジョが振り返った。

 久我が手を振っている。

 オコジョは久我に駆けよった。

 

「一緒に帰ろうか」

「はい」


 二人は夜道を歩いていく。


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