第8話
深夜0時。
フードを目深に被り、手をポケットに入れながら路地裏を歩く姿は、男か女か判別することができない。
ただ、路地裏の闇は、全てを飲み込むかのようにその存在を包み込んでいた。
「ここら辺、だっけ...」
辺りをぐるりと見渡してみるも、どこにも扉は見当たらない。
トヨシマ区3丁目。ここに、『鬼灯』の本拠地があるはずなのだが。
フードを被った人間_馨は、襟元に付けていた無線に手を伸ばした。
「とりあえず、本拠地周辺には来たけど...。どうする?突入する?」
『あー...お前1人じゃあれだから、泰輝も連れてけ。俺らは突入20分後に加勢に入る。安心しろ、例え誰か取り逃がしたとしても出口は蓋しといてやるから!』
「...そんなヘマしないけど」
『冗談だよ、冗談。_派手にかませよ?』
馨は何も答えず、隼人との連絡を切った。
自分の両手をじっと見つめる。何人もの血で、真っ赤に染まったように見えたのは錯覚か。
相手側は『THS』のデータを持っている。つまり、馨の顔もSIも知っているということ。
遠慮なんかする必要など何処にもない。
パキ。
馨と同じようにフードを被った泰輝と都が正面に現れる。
都は馨に小さく微笑むと、すぐに姿を消した。また後でね、と消える寸前、口が動いたのが見えた。
「さて、と。隊長から命令も出たことだし、やるか」
「うん」
馨は真っ黒な手袋を取り出し、装着する。フードもそろそろ邪魔になってきたため、被るのを止めた。
「_《Control》」
月明かりもない路地裏では、透明な円が朧げに光を放っているように見えた。
綺麗だな、と思わず息を漏らす。
「《本来の姿に戻れ》」
周りの、今まで壁だった一部から、錆びた鉄の扉がゆっくりと現れる。しかし、鍵穴も無ければ取手もなく、内側からしか開けられない造りになっていた。
扉を叩いてみるも、内側から何の反応もない。
「...泰輝。隼人が、『派手にかませ』って言ってた」
だから、いいよ、と馨が言うと、泰輝は馨と入れ替わるように扉の前に立った。
「んじゃまぁ...《Enhance》」
泰輝の身体に、赤く光る紋様が現れる。まるで、泰輝の身体を締め付けるような、蛇のような紋様。
手をぷらぷらと動かすと、そのまま固く握る。その表情が一瞬、玩具を見つけた子どものように楽しそうだったのを、馨は見逃さなかった。
「よっ」
軽い掛け声とは裏腹に。
ガアァァァーン!
けたたましい音と共に、扉が吹っ飛んだ。
泰輝のSIは、その名の通り身体能力を上げる。身体の機能を守るための筋肉のリミッターを外す、と言ってもあながち間違いではない。
泰輝に続き、建物内に入る。
足元に等間隔で明かりは付いているが、それ以外の光源は無く、真っ暗に等しい。
道の両脇にある二台の防犯カメラだけが、こちらを見ていた。
「警報ぐらい鳴らされると思ってたけど...これは歓迎されてるってことでいいのかな」
「まあ、流石に扉ぶっ飛ばされたのに気付いてないってことはないだろうからな。防犯カメラにもきっちり映ってるだろうよ」
ふ、と奥に視線を向けると、道があることがぼんやりと視認できた。
「行くぞ、馨。_派手にかまそうぜ」
馨は腰につけたホルダーから銃を引き抜き、銃口を防犯カメラへと向ける。
「了解」
引き金を引くと同時に、ガラス片が飛び散った。
_さあ、『ゲーム』の始まりだ。
▷▷▶︎
「...誰かが、幻影を解いた」
真っ白な髪を無造作に伸ばした幼い少女が、亜麻色の髪を持つ少年へと駆け寄り、腰の辺りに抱きついた。
「...多分、『THS』の奴らだ。データを奪い返しに来たんだと思う」
少年が少女の頭をゆっくりと撫でる。
嬉しそうに、少女が頬を緩ませる。
「ユキ、力を貸してくれるかい?」
ユキ、と呼ばれた少女が少年を見上げる。
「...あいつらは、零の邪魔する、嫌な奴?」
「そうだよ。あいつらは悪者だ」
「...わかった。ユキ、頑張る」
正直、『THS』ここが見つけるのにもう少し時間がかかると思っていた。
想定外、ではあるが、逆に幸運と捉えるべきか。
『THS』のメンバーを、殺しに行く手間が省けたのだから。
「...No.67、四ノ宮馨」
モニターに映った、防犯カメラ越しにこちらを見る蒼い瞳の少女。
_深い、深い蒼だった。