第7話
『_召集連絡。第3小隊は今すぐ執行部本部に集まるように。繰り返す、第3小隊は_』
前回の仕事を終え、『THS』本部に戻った馨達は、特に何をするでもなく、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。
馨は渋々読みかけていた本を閉じる。
せっかく良い場面だったというのに。
しかし、馨個人の召集ではなく一個小隊の召集となると、我儘も言ってはいられない。
小隊が動く_それはつまり厄介な仕事、もしくは大きな仕事があるということ。
「ああ...めんどくさいな...」
無意識に零れ落ちていた言葉に思わず苦笑する。どうやら長年一緒に過ごしていると、言動が似てきてしまうらしい。
馨は本を机の上に無造作に置くと、本部へと足を向けた。
▷▷▶︎
執行部本部、と言う割には控えめなドアが見えてくる。ドアの前に人の姿は無く、馨が1番のようだった。
ふっと肩の力を抜く。
何回来ても、ここの雰囲気は好きになれない。いつも、身構えてしまう。
馨の所属する第3小隊は、5人のSI所有者によって構成されている。
存在する小隊の中で、最も束縛を嫌い、自由を望む。 規律など、彼らの前では無に等しい_
そう、周りは噂しているらしい。
「...あ」
向こうから、4人が歩いてくるのが見えた。
都がこちらに気付き、小さく手を振っている。馨もそれに応えるよう、手を振り返す。
「...あれ、珍しく隼人がいる」
「都に連れてこられた」
『THS』第3小隊隊長、神崎隼人。
SI_《Erase》
「まあ、久々に全員での仕事だから隼人もサボる訳にはいかないだろ」
『THS』第3小隊副隊長、源泰輝。
SI_《Enhance》
馨は基本翔馬か都とペアで行動することが多いため、この2人と仕事をするのは本当に久しぶりのことだった。
泰輝が馨の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「ちょ...」
「馨はこんなかで1番いいこだよなー」
「子ども扱いしないでよ...」
実際、馨の方が歳下で、子どもではあるのだが。
悪い悪い、と言いながら泰輝は手をパッと離したものの、その顔に浮かぶ表情からは1ミリたりともそう感じられない。
「さてと...じゃ、今回も遊ばせてもらうか」
隼人がノックもせずに、ドアを勢いよく開けた。周りも慣れた様子で後に続く。
隼人は仕事のことを、よく『ゲーム』と言う。
相手と自分、どちらがSIを上手く使えるか競ってるだけだ、と。
静かな部屋の中で、カタカタとキーボードを叩く音だけが聞こえる。誰もこちらに見向きもせず、膨大な量のデータを処理し続けるのみ。
馨達はそれを横目に見つつ、さらに奥へと進んでいく。
スクリーンに映し出されたトウキョウの地図。
それを背に、座る人影が1つ。
「...第3小隊、ただ今参りました」
「やっときたか。相変わらずお前らは緊張感がないな」
鋭く馨達を睨むこの女性の名は、本郷美葉。若くして『THS』執行部総司令官まで上り詰めた経歴を持つ。
「まあ、いい。...これを見ろ」
スクリーンの画像が移り変わる。
そこには_真っ赤な血の海と、その中で横たわる『THS』の仲間の姿が映っていた。足元には、一輪の彼岸花が添えられている。
「最近、こういった『THS』のメンバーが殺害される事件が多く起こっている。反政府組織による反逆、だろうな」
画像がトウキョウの地図へと戻る。
よく見ると、一ヶ所だけ赤い丸がついているのに気付く。
「ここが奴らの本拠地だ。_第3小隊、お前達には反政府組織『鬼灯』の殲滅に向かってもらう。相手はSI所有者だ。容赦はするな、1人残らず始末しろ」
「__了解しました」
殲滅、か。
そう、翔馬が隣で小さく呟いたような気がした。
▷▷▶︎
あの後、本部を後にした馨達は、隼人の部屋に集まっていた。
都が操作するパソコンを、馨は横から覗き込む。
いかんせん、『鬼灯』の情報が少なすぎるのだ。本部が提示した情報は本拠地のみ。相手の人数、SI、これまでの行動。何でもいい、1つでも多くの情報が欲しかった。
「最近頻繁に動いてるからニュースにはちょくちょく挙がってるみたいだけど...。目撃されたのこの1回だけみたい」
デスクトップ上の1枚の画像。
画質は悪いものの、亜麻色の髪、赤い瞳が特徴的な少年が映っている。おそらく、馨と同じ歳か、少し上ぐらいだろう。
「えーっと...。被害者は全員頸動脈を切られ死亡しており、その足元には共通して彼岸花が置かれているため、警察は上図の少年を連続殺人事件の容疑者として捜査を進めている、か」
殺されているのはSI所有者_それも『THS』のメンバーのみ。
国家機密である『THS』以外にも、一般人によって構成されている『SI所有者狩り』を行う政府の組織は存在している。しかし、彼は『THS』のメンバーにしか手を出していない。
「...『THS』も落ちたもんだな。泥棒に入られるなんてよ」
翔馬が呆れたようにため息をつく。
『THS』のメンバーを知っている、つまり、国家機密のデータが盗まれたということ。
馨はふと、隼人の肩が震えていることに気付いた。
「...ははっ、面白くなってきた!敵の数は未知数、SIも不明、だが実力だけは確か!こんなに楽しそうな『ゲーム』は久しぶりだ!」
口元は楽しそうに笑っているが、目は冷たく細められている。隼人の視線が、ディスプレイに映る少年に向けられる。
「_会うのが楽しみだな、少年?」