第5話
「...ふ、ふふ、あはははは!」
突如狂ったように笑いだしたSI所有者は、歪んだ笑みを顔にはりつけながらゆっくりと顔をあげた。
「あーあ...。まさかこんなに簡単に見破られるとは...。想定外だよ」
「...花岡さんをどこへやったのかと聞いているんだけど?」
「さあ。今頃トウキョウ湾にでも沈んでるんじゃない?_私が、殺したから」
こいつは、自分が狩られるのを避けるために、何の関係もない一般人を殺したというのか。
無意識の内に、馨は奥歯をきつく噛み締めていた。
翔馬と目が合う。
_感情的になるな。
そう、馨に警告するかのように彼は小さく首を振った。
「...もっと反応するかと思ってたけど。つまんないの。『THS』って本当に道具みたい」
「...俺達はSI所有者を狩るだけだからな」
トン、と翔馬がSI所有者の背に銃口を突きつけた。
「脅しのつもり?...撃つ気なんてないくせに」
SI所有者はくるりと振り返り、翔馬と向き合う。
予想外の行動に、翔馬は一瞬たじろいだ。
その隙を、相手は見逃すはずがなく。
「_《Imitation》」
バン!と銃声が聞こえたと思えば、馨の視界で赤い鮮血が散った。
翔馬が、腕を押さえながら後ずさる。
そして_もう1人の翔馬が、同じように銃を構えながら立っていた。
同じ背丈、同じ髪の色、同じ服装。
違う点と言えば、腕にさっきつけられた傷があるかないかぐらいで、あとは全く同じだった。
SI所有者が、自分の、いや、翔馬の手をじっと訝しげ見つめる。ぐー、ぱー、と手を握ったり開いたりを繰り返す。
「なーんか違和感あるなぁ。...君、何隠してるの?」
それはもう、確信しているような言い方だった。
「...うるせぇよ」
翔馬が銃を投げ捨てる。それはくるくると回転し、SI所有者の足に当たって止まった。
夕陽を受け、ここにいる全員の影が長く伸びる。
馨は気取られないよう、無線を政府に繋いだ。
無機質な電子音が耳に響く。
この音は嫌いだ。自分が道具であることを、自ら証明されるのを待っているようで。
電子音が一瞬途切れると、ザザッというノイズが走る。
「...『THS』第3小隊、No.67です。任務執行にあたり、戦闘許可を」
『...了解した。今回の標的の名は木下咲、殺人事件の容疑者だ。殺すな、必ず捕らえろ。_『THS』執行部の名において、No.67、68の戦闘を許可する』
ブツッ、と無線が切れる。
翔馬とSI所有者_木下咲は、一方的な銃撃戦を繰り広げていた。木下が撃ち、翔馬はひたすら避ける。さっきよりも翔馬の身体には傷が増え、ところどころに赤い染みが出来ていた。
『THS』は、政府から許可をもらわない限り、武器の使用は認められていない。つまり、己の体術のみが戦う術なのだ。
いくら訓練を受けているからとはいえ、銃と体術では明らかに部が悪い。
馨はゆっくりと木下に近付く。
できればこれを使わずに終わらせたかったが、奴にはこれで丁度いいだろう。
「_《Control》」
馨を中心にして、透明な円が足元に現れる。
「なっ...!」
「《動くな、木下咲》」
「...っ」
木下は必死に身体を動かそうとするが、指一本でさえぴくりとも動かすことができない。
この円の中は、馨の世界。馨が秩序であり、規律。何人たりとも、命令に逆らうことは許されない。
_憎悪、嫉妬、絶望。
きっと、理不尽に映るのだろう。
同じSI所有者なのに、どうして政府に『THS』として存在を認められているのか。
同じSI所有者なのに、どうしてここまで扱いが違うのか、と。
「...で。何で...!」
木下の声が震えているのがわかる。
目が薄っすらと、涙の膜で覆われている。ふとした瞬間にこぼれ落ちてしまうのではないか、と漠然とした不安に駆られるような、そんな涙。
「...SI所有者のくせに、何で政府が手を出さないの?...何で『THS』は人を殺しても赦されているのに、私が生きるために人を殺すのは赦されないの...⁉︎好きで、こんな力を得た訳じゃないのに...!」
そう、叫ぶ彼女は、狂気的な笑いを浮かべていた彼女とはまるで別人のようだった。
一体どれが、彼女の本当の姿なのか、馨にはわからなかった。
「...《木下咲、_》」
「《Imitation》!」
馨の言葉を遮るように叫んだ木下の姿が、小さくなっていく。
彼女の、最後の足掻き。
馨は木下の腕を掴もうと、手を伸ばす。
しかし、虚しくも馨の手は空を切っただけで、彼女の姿は馨達の視界から消え去っていた。