第3話
《Side 氷室翔馬》
「_い、氷室!起きろ!」
「......んだよ、人がせっかく寝てたってのによ」
「もう昼休みだぞ?お前どんだけ寝るつもりなんだよ」
ふあぁ、と大きな欠伸を一つ。
翔馬を叩き起こしたのは、学年で知らぬ者はいないであろう、サッカー部部長の小野光輝。
実は翔馬と小野は単なるクラスメートではなく、昼休みを共にするような仲だった。
小野いわく、「氷室のそのサバサバした態度が一緒にいて気楽」なんだそうだ。
まあ、どうせまたすぐいなくなる存在なのだ。相手がしたいようにすればいいと思う。
休み時間に買っておいたコーヒーのプルタブを開ける。プシュッという小さな音と、苦味を感じさせる香りが辺りに広がった。
「...俺前から思ってたんだけどさ。少食すぎないか?」
一袋のパンと、飲みかけのコーヒー。翔馬の机の上には、たったこれだけしか乗っていない。
現役男子高校生には少なすぎる量だ。
対して小野の机の上には、運動部らしく、大きめの二段弁当に加え、ゼリー飲料までもが置いてあった。
「んなことねーだろ...」
「いやいや、女子より少ないからな?俺だったら絶対足りなくなるね」
「まあ、小野は部活あるからな」
「おうよ!毎日自主練して18時30まで残ってるからな!」
部活の話をする小野はいつも楽しそうで、サッカーが大好きなのが聞かなくても伝わってくる。
翔馬は_もちろん馨もだが_仕事上ずっと同じ高校に通うことなどできるはずもなく、部活動なんてものには全く縁がない。
_少し、羨ましく感じる、なんて。
本音を押し込むように翔馬はパンを囓った。
だから今回の仕事は嫌だったのだ。一時だけとはいえ、学校に通えば、自分達の存在の異質さ否が応でも突きつけられる。
「...氷室?」
「...寝る。また起こしてくれ」
「またかよ...はいはい、わかりましたよ」
翔馬は一気にコーヒーを飲み干すと、缶を教室の後ろにあるゴミ箱に放った。
カーン、と景気良い音がし、周りにいた男子がナイシュー、と騒ぐ。
男子のほうには一切見向きもせず、翔馬は片腕をだらんと伸ばしたまま、机に顔をうずめた。
昨日、屋上で馨が撃たれた時に見えた人影。
左手に狙撃銃を持ち、こちらを一度も振り返らずに立ち去った。翔馬達が反撃するとは思わなかったのだろうか。
いや、逆に、絶対に反撃されないという自信があった、と言うべきか。
付箋の貼られた3人のデータを思い出す。
翔馬の手によって調べ上げられた個人情報。家族しか知らないような情報も全てそこに記載されている。
あくまでSI所有者かどうか、以外だが。
翔馬はもうこの3人のデータは全て覚えていた。
ちらりと隣に座っている小野を盗み見る。
さっきから誰とも会話することなく、ただ黙々と食べ続けている。
別に寝ている間まで律儀に付き合わなくてもいいのに、と思う。
翔馬は人付き合いが得意な方ではない。今でこそ普通に話せているが、馨と初めて出会った時は例えどれだけ話しかけられようとも無視し続けたほどだ。
「...何見てんだよ。起きたんなら言えっての」
小野がじと、とこちらを恨みがましく見る。
「別にお前に言う義理はねーだろ...」
ゆっくりと体を起こし、コーヒー缶に手を伸ばす_ああ、もう飲みきってしまったんだった。
行き場の無い手を誤魔化すように、翔馬は頬杖をつく。
「ごちそうさまでした」
「小野」
「ん?」
「米粒ついてんぞ」
「はあっ⁉︎おま、もっと早く言えよ‼︎」
顔を真っ赤にして小野が叫ぶ。
近くに座っていた女子が、楽しそうな顔をして見ている。
騒いだほうが余計目立つということを小野は知った方がいい。
「...」
小野が、ぽかん、とした顔で翔馬を見ていた。
信じられような、嬉しいような。
何とも形容し難い表情を浮かべている。
米粒がまだ着いたままのせいで馬鹿らしく見えるのだが。
「...んだよ」
「...氷室が、笑った」
今度は翔馬がぽかん、とする方だった。
笑った、だなんて言われても、自分では笑ったかどうかわからなかった。
小野が、サッカーの話をする時と同じくらい_本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。
「お前全然笑わないからさ。俺だけが勝手に友達だって思ってるだけかもしれねぇって不安だったんだよ」
_『友達』。
ああ、そうか。だからこいつはいつも自分の隣にいたのか。
どうせ数日しかいない。
人と関わるだけ無駄だ。
そう、思っていたのに。
小野の嬉しそうな顔を見ていると、自分の張っていた変な意地が、ばらばらと崩れ落ちていく気がした。
今日が、最後。
最後ぐらい、自分に素直になってもいいだろう。
「...ははっ、何だよ、それ」
翔馬の顔には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
_そう、最後なのだ。
小野と翔馬が『友達』という関係でいられるのは。
あと、4時間。
無情にも、刻一刻と、時は過ぎていく。
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