第2話
放課後。
「ねえ、四ノ宮さん。今日一緒に帰らない?」
「こっち引っ越してきたばっかで、面白いお店とか何も知らないでしょ?案内してあげる!」
そう声をかけたのは、同じクラスの女子グループ。まさか誘ってもらえるとは思っておらず、数秒固まってしまう。
「あー...っと、ごめんね。私用事があるから行けないんだ。また誘ってよ」
そっかー、残念、と言いながら、彼女らは楽しそうに、馨にはもう興味がないとでも言うかのように話を始めた。
_駅前にできた店行かない?
_そうそう、聞いてよ、こないだ彼氏が...
馨は何事もなかったかのように帰る準備をし、携帯を取り出す。
ディスプレイに映る『不在着信 2件』の文字。
しまった、全く気がつかなかった。早く行かないとあいつに怒られる。
流石に何も言わずに帰るのはよくないだろうか、と一瞬逡巡したのち、小さく「ばいばい」と言い残し、馨は教室を後にした。
馨は廊下を全力で走り、屋上へ向かう。
さっきから電話を折り返しかけているのだが、一向に出る気配がない。
バン!と勢いよく扉を開けると、1人の少年が腕を組み、背をフェンスに預けた状態でこちらを見ていた。
「...おせーよ」
「ごめん、ちょっと坂本先生の授業が長引いた。にしたって電話ぐらい出てくれてもよくない?」
「めんどくせー」
彼_氷室翔馬は馨と同じくこの学校に転校してきた、いわゆる『仕事仲間』だ。
この世には、『SI』と呼ばれる力が存在する。
数年前に起こったSI所有者による一般人殺人事件によって、その存在が明るみになった。
そしてSI所有者は危険だ、即刻排除すべきだと、政府がSI所有者狩りを命じた。
SI所有者を狩るための組織_To Hunt Sinners
通称『THS』。
「で、見つかったかよ?」
「ううん、まだ。ぜーんぜん気配も感じられない。よっぽど隠れるのが上手みたい」
馨は翔馬の隣に腰を下ろす。
今回の任務は、この高校に潜伏しているSI所有者を捕まえること。しかし、中々尻尾を出さないため、未だに見つけ出せないでいる。
「あー...早く終わらせて本部に帰りてぇ...」
翔馬はおもむろに鞄を漁ると、1冊のファイルをこちらに放った。
「うわっ...え、何これ?」
パラパラと中身をめくると、この学校の生徒、教師の情報が事細かに記されている。しかしこんなファイル政府からは渡されていない...はずだ。記憶に間違いがなければ。
馨の顔がさっと青くなる。
「ま、まさかこれ1人で...」
「さあな」
めんどくさがりのくせに、変な所真面目な性格だよなぁ、と、馨は苦笑した。
しばらくファイルをめくっていたが、あるページで手が止まる。そこには付箋が貼られており、よくよく見るとバツが書かれている。
_山本悠司。
確か、翔馬と同じクラスで、クラスのムードメーカー的な存在だったはず。まさか、彼がSI所有者なのだろうか。
しかし、またしばらくすると付箋が貼られた生徒、教師のページがあった。どうやら仕事の早い相棒は大体の目星をつけていたらしい。
「相変わらず仕事がお早いことで」
「どっかの誰かさんが遅いんだよ」
「うっ...」
何も言い返せず言葉につまる。
勝ち誇ったような顔をする翔馬を睨むことしかできない。が、翔馬は目を瞑っていてこちらに見向きもしない。
「でも、最後の3人が絞りきれてねーんだよ」
「この付箋のバツはハズレってことか」
「ああ」
となると、残っている3人は_
数学教師の坂本正明。
さっき馨に話しかけてきた女子グループの1人、花岡美優。
そして、翔馬と同じクラスでサッカー部の部長を務めている小野光輝。
やっと仕事らしくなってきたじゃないか。思わず馨の顔に笑みが浮かぶ。
いきなり同時期に、2人も転校生が現れたのだ。相手も恐らく馨達が『THS』の人間だということに気付いているはず。
ふとした瞬間、考えてしまう。
政府は、SI所有者をどうするつもりなのだろうか。
これまで何人も捕らえ、命令が下されれば殺しだってした。
捕らえられた人達は、生きているのか、殺されたのか。所詮政府の道具である馨達にそれを知るすべはない。
夕陽が、2人を紅く染める。
例え自分の行動が罪深いものだとしても。
この両手が、誰かの血で染まろうとも_。
罪悪感なんて、とっくの昔に捨て去った。
_この道でしか、生きられないのだから。
「おい」
「ん?」
翔馬がこちらを真っ直ぐに見つめる。
「...さっさと終わらせるぞ」
「...うん」
気付けば辺りは薄暗くなっており、馨達を照らしていた太陽は隠れかかっていた。
部活をしていた人達の声も聞こえない。
「帰ろ、翔馬」
「...おー」
馨が立ち上がろうとした、その時。
「...っ」
馨の左頰を、銃弾が掠めた。つ、と血が一筋流れる。
翔馬が素早く音のした方を振り返る。
馨も同じように振り向くも、そこにはもう誰の姿もなく、風に運ばれた火薬の匂いだけが残っていた。
一瞬、見えた人影。顔は見えなかったものの、背丈はおそらく170㎝ほど。
馨を殺そうとしたのか、あるいは別の目的か。
何にせよ、これでもうわかってしまった。
翔馬の顔にも確信が浮かんでいる。
この学校に潜む、SI所有者は_。
▷▷▶︎
「...坂本先生」
「なんだ、四ノ宮」
「あの、どうして私職員室に呼ばれたんですか?」
翌日、馨は1限目が始まる前、坂本先生に呼び出されていた。
不真面目な授業態度がもう限界だったのだろうか。朝から説教だけは勘弁してほしい。
「ちょうどよく俺の前を通ったからな。すまんがこれ持ってってくれ」
_まさかSI所有者に「招待状」を送るために早く来たのが、こんな形で仇になるとは。
先生が指差した先には、おそらく馨のクラスの分であろうプリントの山が。思わず愚痴をこぼしたくなるのをぐっとこらえる。
持ってみると、見た目ほどは重たくなかった。
「四ノ宮、それどうした」
トントン、と自分の左頬を指で軽く叩く。
馨は昨日の銃弾の傷を隠すべく、絆創膏を貼っていた。
「これですか?昨日ちょっと猫に引っかかれちゃいまして」
「家で猫飼ってるのか?」
「いえ、野良猫ですよ。いきなり飛びかかって来たのでびっくりしました。美味しそうな匂いでもしたんですかね?」
おどけた調子で言うと、先生はクツクツと笑った。授業中もこうやって笑えばいいのに、と心の底から思う。
「では先生、失礼します」
「ああ」
もっと真面目に授業を聞いておけばよかったかな、と少し、後悔した。
プリントを抱え教室に入ると、昨日の女子グループが馨の周りに集まってきた。
「おはよう!四ノ宮さ...って、このプリントどうしたの?」
「おはよう。坂本先生に頼まれちゃって」
「少し持とうか?」
「いいよ、花岡さん。あ、でも鞄を持ってもらえると嬉しい」
肩に掛けていたはずの鞄はじりじりと滑り落ち、肘の所で止まったため、さっきから邪魔でしかたがなかったのだ。
花岡さんは馨から鞄をそっと取ると、そのまま机まで運んでくれた。
「えっ、わざわざありがとう」
「ううん、大丈夫」
バラの香りだろうか。花岡さんが動くたびに、きつい匂いが鼻につく。
『THS』での訓練により鍛え上げられた五感を持つ馨にとっては、こういった匂いは頭痛のもとでしかない。
女子というのはどうしてこう、匂いものをつけたくなるのだろうか。
キーンコーンカーンコーン---
「やばっ、今日当てられるんだった!」
予鈴を合図に、女子達がばらばらと散っていく。
馨も席に着く。
携帯が震えた。開くと、翔馬からの招待状が無事届いたことを知らせるメールだった。
ゆっくりと目を閉じる。これで、準備は整った。
『----様
本日の17時30分。
あなたに伝えたいことがあります。
_放課後、体育館裏で待ってます。』