攻防戦
「…本当に?」
優しいのは柚香のいいところだ。
しかし、今回のような場合を除く。
嘘を咄嗟に言える性格であれば問題はなかったのだが、生憎私は冗談はおろか、軽々と嘘をつける性格ではなかった。
唯一できることと言えば誤魔化すこと程度だ。
「わかった…」
―――あれ?乗り切れた?
悲しそうな顔であるが、納得してくれたようだ。
それでいい。
こんな恥ずかしいことを言うわけにもいかない。
しかし柚香は出て行かずに部屋へ留まっていた。
まさか……気づいているというのか?
知っていて私が自分から言うのを待っているとでも言うのか。
確かに気がついている――。というのであれば自分から話したほうが幾分か気持ちが楽になる。
人に言われて恥をかくのと、自分から宣言して恥をかくのではその実態に天と地ほどの差があるのだ。
「ど…。どうしたの?部屋に戻らないの?私眠いの。叫んだりしてごめんね」
そんなこと信じられない。
とにかく信じられない。
気づかれてはならない。
なにより認めたくない。
言いたいことは全て声に出した。
伝えたいことも全て伝えた。
―――さぁ、どう出る。妹。
「お姉ちゃん。どうしてそんなに焦ってるの?」
「えっ…いや…」
一言。
私は3つ程伝えたというのに、たった一言で返された。
いやそうか。私が寝起きにも関わらず弁舌に話していることに違和感を覚えているんだ。
お漏らしについて怪しんでいるわけではない。大丈夫。
「…わかった。なんかごめんなさい」
やっとか。
柚香は優しい。本当に優しい妹だ。
わかっていながらも、ついため息が出てしまう。
「それじゃあ、明日ね。おやすみなさい」
そうして柚香は部屋を出ていった。
とりあえず一難は去った。
しかし、元々の問題であるこの布団をどうにかするという問題が残っている。
廊下から音が消え、ドアの閉める音が聞こえた頃、もう一度布団を捲った。
「やー…我ながら見事なまでの…」
思わず小声でつぶやく。
これ無理じゃない…?
明らかに何とかして誤魔化せる域を超えている。
コップに注いできた水を全部布団に零してもこんな風にはならないだろう。
ということは最早洗濯して干す……しか道はないのか…?
しかし妹や母親、ご近所さんの目からどうやって隠すというんだ。
考えれば考えるほど頭が痛くなってきた。
私は物事を深く考えるのは苦手だ。
わからない、ギブアップ。
「ごめんね、私はもう寝るよ…」
薄れていく意識の中で、体を横にしながら思った。
そう、もしかしたら明日には乾いているかも知れない。と。
体に張り付いた不快感すら受け入れて楓は意識を手放した。
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翌朝、楓は窓を開ける音で起きた。
実に爽快な朝だった。
「お姉ちゃん。もう起きてねー。ご飯作ってあるから食べちゃって」
「あー…うん。ありがと」
いつもと変わらない朝。
可愛い妹が健気にも起こしに来てくれるお陰で私は遅刻したこともあんまりない。
ゆっくりと階段を下りてゆき、歯磨きを済ませる。
キッチンのほうからは香ばしい匂いが漂っている。
多分ウィンナーと軽いサラダ。
それから豆腐のお味噌汁かな。
朝ご飯かシャワーか迷うところだけど、せっかく洗面所まで来たんだから先にシャワーに入っちゃおう。
「あ………」
そこで気がついた。
自分の下半身の違和感に。
終わった。なにもかも。
もうここまできたら、と諦めてシャワーを浴びた。