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未樹との遭遇 (6)

 青天の霹靂(へきれき)と呼ぶに相応しい事態が慧を襲ったのは、その直後だった。


 Dのストロークが喨々(りょうりょう)と空間を揺蕩(たゆた)ったのとほぼ同時、大きな腹鳴と共に下腹部に鈍痛が走ったのだ。そのあまりの痛みにずるずると身を屈め、床に立膝を突き、ヘソの辺りを押さえながら、慧はついに呻き声を漏らした。


「慧?」


 祐二同様、周囲の観客、及びステージの少女までもが、その異変に気づき始める。


 すぐに演奏は中断され、


「大丈夫ですか?」


 コンデンサーマイク越しに響く憂慮(ゆうりょ)の声。


 今や顔面蒼白の慧は、一斉に向けられた数多(あまた)の目玉に恐怖さえ覚えながら、蚊の鳴くような声で一言呟き落とした。


「ド、ドリンク飲み過ぎたかなあ……」


 誰に言うわけでもなく発した直後、中腰かつ前傾姿勢でフロア外のトイレへと駆け込んだ。脇目も振らず、肛門括約筋(こうもんかつやくきん)をこれでもかと締めながら、一心不乱に駆け込んだ。思えば、中学三年時の中総体以来の全力疾走ではないか。


 十秒と経たずして辿り着いた「フライング・ソーサー」唯一の男女共用トイレには、幸運なことに先客の姿はなかった。


 慧はチノパンとボクサーパンツを同時にずり下げると、そのまま洋式トイレの小汚い便器に渾身のヒップドロップをお見舞いした。9999ポイントのダメージを受けた哀れ便器は、もはや瀕死状態にあるが、しかしこの緊急事態において、そんなことを気にしている余裕はない。


 出演バンドのステッカーやらフライヤーやらが所狭しと貼りつけられた壁に囲まれながら、慧は鬼気迫る表情で、力の限り踏ん張り続ける。

 

 ふん! ふん! ふん!


「ふう……」


 腹痛が完全に治まった時、トイレに駆け込んでから少なくとも三十分が経過していた。


 三國未樹なる弾き語り少女に思いを馳せつつ、慧は慌ててトイレを飛び出し、狭いロビーを抜け、そしてその勢いのままにフロア入り口の防音扉を押し開いた。せめて一曲だけでも彼女のステージングを拝みたい。そんな一縷(いちる)の望みを胸に、しかし暗闇に溶け込んでから間もなく、


「……え」


 慧は絶句した。言葉通り絶句した。なぜなら、そこで待ち受けていたのは三國未樹ではなく、ゴシック調の衣装を身に(まと)った、顔面白塗りの青年たちだったのだ。


清輝(きよてる)ううううううううううううう――――っ!」


「RYU様あああああああああああ――――っ!」


「暗黒! 暗黒! 暗黒! 暗黒! 暗黒!」


 などなど、取り巻きと思しき女子連中から異常なまでの大歓声を浴びる彼ら、暗黒美笑(あんこくびしょう)は、いかにもヴィジュアル系チックな旋律(せんりつ)を肥大したナルシシズム全開で奏でていた。


「あうぃしてるぅ~! 生まれたままの君ふぉ~! 堕天使のようなぁ~!」


 不安定なピッチ。無駄にフェイクやファルセットを織り込むその鼻につくボーカルに耐えながら、慧は小走りで祐二の元へと歩み寄る。


「ゆ、祐二」


「お、もう大丈夫なの?」


「いや、そんなことより、三國未樹とかいうコの演奏は……」


「彼女の出番なら、今さっき終わったよ」


 もう本当に最高だった、と興奮の口振りで祐二が告げた。その反応を間近に慧は、


「そうか……」


 と答えることしか出来なかった。


 大仰に嘆息し、徒にステージを見据える。するとそこでは、RYU様と崇められた金髪の鷲鼻(わしばな)ボーカルが、観客たちを身振り手振りで豪快に煽っていた。最前列を我が物顔で陣取るコアなファンが、それに応えようと躍起になってヘッドバンキングを繰り返す。もはや首から上が吹き飛んでしまいそうなホラーな気配すら漂っている。無論、常人には全くもって理解不能な、常軌を逸した世界である。


「漆黒の闇ふぉ~! 傷だらけの翼でへぇ~! フゥ~!」


 地響きを起こさんばかりの調子外れな歌声をBGMに、人生十七回目の「UFOの日」は更けていくのであった――。


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