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夕凪ハートブレイク (6)

「願い事?」


「今日、七夕じゃないですか」


 ここで慧は、本日七月七日が七夕だという事実を再認識する。


 生まれてこの方、学校の授業以外で短冊に願いを込めたことのない慧は、しかしそのドライなエピソードを馬鹿正直に打ち明けるのもどうかと思い、とっさに思考をフル回転。そして、成し得る限りの気取った声で、


「世界平和……いや宇宙平和、ですかな」


 心にもないことを口にしたせいか妙な口調になりつつも、一方で美少女はというと、慧が発したスットコドッコイなアドリブに何の疑いもなく感心している。


「わああ……素敵」


 三國未樹、驚くほど素直な性格らしい。バイカル湖よろしく澄んだピュアな眼差しが、慧を一直線に射貫く。


「わたし、今の部長さんの言葉を聞いて、自分自身のお願い事が凄く……物凄ーく恥ずかしくなっちゃいました」


「異星人と交信したいだとか、猫語が話せるようになりたいだとか?」


「あ、正解です!」


「おうふ……まさかのビンゴ」


「アルバイトの時給アップに、学校の成績アップに、実はまだまだいっぱいあって――」


「おいおい、願い事は一人一つが相場ってもんじゃないのか? さすがの織姫もキャパオーバーだ」


 直後、未樹は宙空(ちゅうくう)を見つめ、ひたと考え込むような仕草を見せ、


「じゃあ、一つだけ。これだっていうお願い事があります」


「ほう」


「たくさんの素敵な出会いに恵まれますように……って、ありきたりですかね?」


 やや面映(おもば)ゆさ孕んだ表情、口調。しかし慧は、未樹のその願いを本心からのものとして一切の疑いを持たなかった。


「いや、良いんじゃないか? 少なくとも、異星人との交信を願うよりは」


「もう……本気なんですから」


「あはは、悪かったよ」


 慧の脳内では今「ミキとの遭遇」のインストゥルメンタルが壮大なオーケストラアレンジでもって流れている。


 夏の夜、公園、美少女と二人きり。恋愛シミュレーションゲーム「私立ズッキュン学園2~放課後接吻革命~」の世界にしか存在し得ないと思っていたシチュエーションの中に今、俺はいる。改めてその現実を自覚するや否や慧は、歓喜の津波においおいと(むせ)び泣きそうになった。


 生きててよかった――(まご)うことなき思いを胸に、残りも僅かな不健康フレーバーを一気に胃に流し込む。


 一拍、二拍の間の後、未樹の花唇(かしん)が再び語り始めた。


「でも……わたしの願い、早速叶っちゃったみたいです」


「叶った?」


「はい」


 弾んだ声が鼓膜に響く。左方を見やると、そこには美少女の嫣然(えんぜん)たる笑みがあった。モモコがティーン向けコスメの宣伝用ポスターの中で見せるものと瓜二つの表情だった。


「どういう意味だ?」


「そのままの意味ですよ」


「なるほど、わからん」


「ええー」


 無論、生粋の生息子(きむすこ)とてそこまで鈍くはない。(みな)まで聞かずとも、未樹の言わんとする意味を容易に察していた。それでも敢えて素っ惚けて見せたのは、乾慧、シンプルに照れていたのだ。


 慧は半分照れ隠しのつもりでブランコを立ち漕ぎしつつ、同時にこの時、この瞬間、自分自身の中で何かがぐらっと揺れ動く音を確かに、はっきりと聞いた。


 やがてアイスクリームの最後の一口を味わった後、未樹が言った。


「ごちそうさまでした――」


 街区公園を出る頃にもなると、夜は更に深まっていた。


 この町から電車を乗り継いで十五分ほど離れたニュータウンに住むという未樹を、慧は途中まで送ると言って聞かなかった。


 心もとない街灯に照らされながら、二人は肩を並べ、廃れた町を歩いている。何の面白味もない、片田舎の夜道を歩いている。あまり言葉は交わさなかった。黙々と歩き続けた。しかし会話はなくとも未樹の隣にいられるだけで、ただそれだけで、慧の心は充分過ぎるほどに満ち足りていた。


「今日は誘って頂いてありがとうございました」


 最寄り駅構内。弁登良祭りの影響で平時より幾分活気づいた空間の中、二人は自動改札を傍に互いに向き合っている。


「とっても楽しかったです」


「こちらこそ。アイスくらいならまた奢らせてもらうよ」


「わあ、本当ですか? 次は『美味求真キャラメルヴァニーユ』が食べたいなあ……」


「よっ! 喜んでぇい!」


 あと五分ほどで、未樹の乗る電車が一番線ホームへ到着しようとしている。


 慧はここぞとばかりに電車の遅延を願うも、しかしそんな私利私欲二千パーセントの願いを易々と叶えてくれるほど機織(はたお)り仙女様もお人好しではないらしい。


「では……また学校で」


「おう、気をつけて」


 未樹はこくりと頷き、


「おやすみなさいっ」


 告げ、笑顔で手を振ると、足早に自動改札を抜けて行った。


 駅構内に設えられた巨大な時計台が指し示す、午後八時四十五分。ギグバッグが揺れる未樹の後ろ姿を視界から完全に見えなくなるまで見届けた後、慧はまた一人、夏の夜闇に身を投じた。偉く軽々とした足取りで、熱をたっぷりと吸い込んだアスファルトを蹴り飛ばす勢いで。


 徒に遠回りをしながら、十分ほど歩いただろうか。途中、川沿い遊歩道の中ほどで慧は、はたと足を止めた。頭上に閃光(せんこう)を見たからだ。規則的に発光を繰り返すそれは、よく見ると蛍だった。都心から数百キロも離れた地方都市といえども、蛍に遭遇するなんていう確率はなかなかに低い。


 ゆえにしてしばし見惚れていると、視界のもっと先に、つまりは東の空に、蛍とはまた別の輝きを捉えた。天の川を(また)ぐようにして上天に映える、酷く儚げで、それでいて力強い輝き――人はそれを「夏の大三角」と呼んだ。


 デネブ、アルタイル、ベガが織り成すアステリズムの神秘。


 どうやら二人は、織姫と彦星は、無事に天の川を渡り、今宵(こよい)めでたく年に一度の逢瀬(おうせ)を果たしたらしい。


 彦星の野郎、織姫に花束の一つでも手渡したのだろうか。柄にもないことを思いながら、慧はいつまでもいつまでも、視界いっぱいに広がる光景を夢うつつで見つめ続けるのであった。

2021年「未樹との遭遇」連載再開予定です。長らくお待たせしてしまい申し訳ございません。もう少しだけお待ち頂けたら幸いですm(__)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実際に未樹と接してみると、気負った所がなくどこか天然で、更に心を鷲掴みにされそうです。思いがけない幸運を手にして挙動不審になりながら、帰り道にロマンチックな想像を巡らせる慧の気持ちがよくわ…
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