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夕凪ハートブレイク (5)


()づけされちゃった……」


 嬉々とした声で呟きながら、その小さな口元にストロベリーアイスを運ぶ未樹。


 時刻は午後八時過ぎ。乾慧、本来であれば数多のアイドルグッズに囲まれた城で一人、人知れず祝杯を挙げていたはずの時間帯。


 二人が、コンビニから徒歩圏内にある街区公園、通称「円盤公園(えんばんこうえん)」に場所を移してから既に数分が経つ。未樹との別れに言いようのない名残惜しさ感じた慧は、アイスクリームを奢ることを条件に、彼女をここへ連れ出すことに成功していたのだ。我ながら大胆な行動を起こしたものだ、と慧は購入したばかりのペットボトル飲料に口をつけながら、胸の内で改めて思う。


 風一つない、夏の夜のじっとりと蒸した空気の中、二人は年季の入ったブランコに並んで腰を下ろしている。


 周囲には、滑り台が一つと高さ違いの鉄棒が計三つ。敷地のちょうど中央付近にはコンクリート製のプレイスカルプチャーがぽつりと設えられており、これがまたなぜかアダムスキー型UFOを模しているのだが、未樹はその異質な存在感を誇示(こじ)する物体にしばらく興味津々な様子だった。


 ちなみに、ここが「円盤公園」として親しまれている所以(ゆえん)は、他でもないこのUFO型プレイスカルプチャーにある。その奇っ怪なフォルムからオカルト専門誌の読者投稿コーナーに掲載されたこともあり、一部オカルティストの間でちょっとした有名スポットとなっているのだ。


「美味い?」


「……んまいです、とっても」


 うっとりとした、やや間の抜けた声が、左方から耳朶(じだ)をくすぐる。


 慧は内心で盛大に感極まりつつ、よく冷えたペットボトル飲料をまた一口。ケミカル感たっぷりの甘味と舌に突き刺さるような強炭酸が、渇き切った口内いっぱいに広がる。


「部長さんも一口いかがですか?」


 慧が口に含んでいた炭酸を勢いよく噴き出したのは、直後のことだった。ブゥゥゥッ! という強烈な不快音と共に、霧状の飛沫(ひまつ)が夜闇に舞う。


「え! わたし、何か変なこと言いました?」


「いやいやいや! 全っ然! うは! うはは!」


 慧の頭上二十センチには今、「間接キッス」というワードがローズピンクのポップ体フォントでもってふくふくと、それはもうふくふくと浮かび上がっている。


 見掛けによらず性に開放的なコだ、と幾許(いくばく)かの動揺を覚えながら、それでいて慧は、未樹と二人きりのこの空間が楽しくて仕方がない。少し前までは会話を成立させることすらままならず、ただただ狼狽(ろうばい)するばかりだった慧も、想像以上に親しげなオーラを放つ彼女を前に、徐々に緊張感も解けつつあったのだ。


「それはそうと……」


 コンマ何秒かの間に凄絶な勢いでもって巨大化し始めた「間接キッス」の五文字を躍起(やっき)になって振り払い、話題をすり替えるように一言。


「ライブ、凄かったよ。お疲れさま」


「…………?」


「実は今日、天文部の面々で弁登良祭りに参加してたんだ」


「えー、全然、全く気づきませんでした」


 未樹が両目をパチクリと瞬かせる。


「誠も聴き入ってたよ」


「あ、そういえば、マコちゃんも天文部でしたね」


「二人が親戚だったなんて……正直、ここ数年で一番の衝撃だった」


「部長さん、大袈裟過ぎます」


 未樹はアイスクリームを木製スプーンでくり抜きながら、口元に薄い笑みを浮かべた。


 一切の人気がない、寂れた敷地内。遠くでは笛や(かね)、和太鼓のリズミカルな音色が申し訳程度に響いている。


 一向に鳴り止む気配のない祭囃子(まつりばやし)をBGMに、他愛のない会話は続く。不意に、どこからともなく現れた茶トラ猫が二人の眼前をスローモーかつ不愛想に素通りすると、それがきっかけとなり、五歳になるメス猫を飼っているという事実が未樹の口から打ち明けられた。


 散開星団の名を冠したブリティッシュ・ショートヘアの愛猫、プレアデスちゃんの百八つにも及ぶという魅力を身振り手振りで語る未樹の話を隣で聞きながら、片や慧は先ほどから彼女を横目で盗み見ているだけだ。気づかれぬよう慎重に、それはまるで見てはいけないものを見るかのように。


 チラ、チラ、チラと視界の隅に至高の被写体を捉えるたび、慧はポートレートモードでもって瞬時に瞳のシャッターを連写する。出来ることならばスマートフォンアプリの無音カメラを用いてこの一瞬を隠し撮りたいところではあるが、さすがに気が引ける。ばれてしまったら最後、好感度大暴落からの往復ビンタ、もしくは傍らのギターを脳天目掛け振り下ろされること必至だ。


 連想ゲームのような繋がりを見せる饒舌トークに適度に相槌を打ちつつ、ペットボトルに口をつけてから数秒、


「何か、お願い事はされたんですか?」


 やおら未樹が、突拍子もない問いを投げ掛けてきた。

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