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夕凪ハートブレイク (2)

***


 弁登良祭りは昭和中期から、ここ弁登良地区に根づく年中行事である。


 計二百もの店舗が所狭しと建ち並ぶ弁登良商店街一帯を会場とし、山車(だし)の練り歩きや一般客参加型盆踊り、特設ステージでの音楽パフォーマンスなどなど、様々な企画を通じ地域活性化を目論むこの夏祭りの開催を毎年数多くの地域住民が待ち望んでいる――というのは主催者側のとんだ妄想、幻想で、


「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……」


 午後五時三十七分。ダブルカーテンを閉め切った室温二十三度の仄暗い自室で一人、慧はシングルベッドの上で両膝を抱え、いわゆる体育座りの姿勢を保ちながら、言葉通り絶望していた。


 無論、理由はただ一つ。本日七月七日、七夕の夕刻。慧はこの弁登良祭りなる通俗フェスティバルに天文部の面々と、もっと言うと未樹の恋人と共に足を運ぶことになっているのだ。


 部活で顔を合わせる分にはまだ割り切って接することが出来るが、いかんせん今回は完全なるプライベートである。


 SNS上での大々的な会場爆破予告を企んだのは僅か一瞬。引きこもりのような青白い肌に野暮ったい黒髪、どんよりと濁った両目に痩せ細った身体と、容姿レベル的には連続爆弾魔とさして大差のない慧であるが、もちろんこの先、少年Aとして重い十字架を背負ったまま生きていくような覚悟は持ち合わせていない。


 では、手っ取り早く仮病を使ってしまおうではないか。四十度の高熱を出し、身体の節々が痛く、とてもじゃないが外出出来るような状態ではない、という旨を電話なり何なりで伝えてしまおうではないか。思い、けれども直後、脳裏にはたと浮かび上がったのは祐二の顔だった。


 いくら未樹の恋人とプライベートで顔を合わせることに抵抗があるとはいえ、さすがに数少ない同志を裏切るような真似は出来ない。


 ワイヤレススピーカーからミキモトモモコの歌手デビューシングル「惑星わくせい転生てんせい」が低ボリュームで流れる空間の中、


「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……」


 と某SFアニメの主人公よろしく虚空に呟き続け、


「レリゴー! 弁登良!」


 の掛け声と共にバネ仕掛けよろしくベッドから飛び降り、部屋着を乱雑に脱ぎ捨て、そして傍の折れ戸式クローゼットに手を伸ばす。


 結局、慧が心を決め、自宅を後にしたのは、集合時間の十分前だった。


 徐々に陽の傾き始めた空の下、()だるような暑さはまだまだ継続中である。熱中症による国内の死亡者数が一週間で七十人を超えた、とのニュースを耳にしたのは昨晩のことだ。


 この連日続く記録的猛暑の影響なのだろうか。心なしか蝉の鳴き声も弱々しい。それこそ熱中症でダウンし掛けているかのように。


 一歩一歩と重い足を引きずりながら、俺が思いを寄せているのは飽くまでモモコであり未樹ではないのだ、と胸の内でぶつくさと唱えながら、やがて集合場所に辿り着いた時、


「ブチョー!」


 弁登良商店街入り口真横の小汚い牛丼チェーン店前、行き交う人混みの中に慧は、黒地に金魚柄の浴衣を召した小柄な少女を発見した。両脇には屈強な体格をしたラガーシャツの大男と甚平(じんべい)姿の中性的美少年を従えている。その異様な雰囲気を醸したトリオが美宇宙高校天文部一同だということに気づくまで時は二秒と掛からなかった。


「お疲れ様でーす!」


 対面して早々、いつになく張り切っているのは智美だ。毎度締まりのない態度でお馴染みのレイジーガールも祭りの高揚感に包まれてのことなのか、今日に限って言えばまるで別人のように生き生きとしている。


 まあしかし、小生意気な小娘の張り切りっぷりなど、この際どうだっていい。それよりも何よりも今、目と鼻の先で国民的アイドル顔負けのフレッシュスマイルと共に、


「お疲れ様です、部長」


 などと律儀に頭を下げた美少年、溝口誠と少なくともあと一時間程度は行動を共にしなければならないという現実を前に、慧はくらくらと眩暈さえ覚え始めていた。


「おう……お疲れ」


 とにもかくにも、とにもかくにも、である。事実、もう逃げも隠れも出来ない状況下に置かれているわけで、今更どう足掻こうが喚こうが全くの徒労でしかないのだ。


 まるで戦地に赴く兵士の如き覚悟を胸に、不意に、何気なくラガーシャツへと視線を放ったその瞬間、


「じゃあ、全員揃ったし、そろそろ行こうか」


 ラガーシャツ、もとい祐二の言葉に、慧は思わず耳を疑った。


「桑野は?」


「ああ、あいつなら来ないよ」


「何?」


「さっき連絡が入ってさ、何か飼い猫が熱出しちゃったみたいなんだよね。で、今から動物病院に連れて行くんだって」


 生来の猫好きを自負する慧としては、猫を理由に出されてしまうともうお手上げだった。これが桑野本人による発熱だったとしたならば今すぐにでもストーカー然とした非通知無言電話を二、三十回ほど自宅に見舞っているところだが、


「猫に罪はないよな……」


「うん。残念だけど、せっかくだし俺たちだけで楽しもうよ」


 ね? とバイオレンスな極道フェイスを破顔させた大男に、横合いの智美がピッグテールを陽気に揺らしながら、すかさず同調する。


「そうですよ、ブチョー。テンションぶち上げていきましょー」


「お、おう」


 もちろん、テンションはぶち上がるどころかフリーフォールさながらの急降下、だだ下がりもいいところである。


 言い出しっぺが不在ということならば、このまま解散もありではなかろうか。つと思い、けれども決して口にすることはない。述べるまでもなく、そんな言葉を口外出来るような雰囲気ではないのだ。


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