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きみの「美味しい」のためにできること

作者: 通行人C

※物語をより楽しんでもらうため敢えて表記しませんが、いろいろ注意です。

気分を害されたとしても責任は負いかねますので地雷、苦手のない方のみお読みください。

判断は各自で、自己責任でお願いします。



どうぞ一度目も二度目もよく味わって、お楽しみください。


 

 はぁ、はぁ、と荒い息が白く変わって、まだ闇の方が深い道に溶けた。

 鬱蒼と茂った木々の間を一つ影が通り過ぎる。

 ガタガタと軋む車輪の音を引き連れて。


 閑静な森の道は誰一人、一匹とて通ることはない。

 彼以外は一人として、だ。


 夕闇の色濃く残る、坂道を行くのは少年。

 まだ頭を出しただけの太陽の光では、少年の姿をはっきりと映し出すことは叶わない。


 ただ、大ぶりなリアカーの影を引きずっていることはわかる。

 そのリアカーにはたくさんのなにかが積まれており、それが少年の前へ踏み出す足を重くさせているようだ。


 懸命に足を引きずるも、汗が滴り落ちて地面にしみを作るばかりで大して進んでいない。

 更に、ここは山道であるためだろう。車輪が道に転がった小石につまづいてバランスを崩すたび、少年も大きく傾いた。


 しかし、その度ぐっと力いっぱい踏ん張って体勢を立て直すから、リアカーが倒れて中身をぶちまけることはない。


「はぁ、はっ、あと……少し……。」


 そう息を切らしながら自身を奮い立たせて少年はまた脚に力を込める。


 やっぱり進みにくい道が続く。

 小石も、雑草も次第に増えてく一方だ。

 それでも少年は……、


 それでも足を前へと運ぶ。


「チャオ……、待ってて、ね。」


 台車の取っ手を掴む手に力がこもる。

 少年は、一際大きく一歩を踏み出した。

 少年は長い長い坂道を、重たい一輪車を引き連れて登っていく。



 愛おしいひとの面影に頰を緩ませながら。





 ----*----*----*----*幕間----*----*----*----*





「ただいま。」


 そう言いながら少年、ムーは玄関のドアを開ける。

 ごちゃごちゃと散らかった部屋だ。

 木製のその小さな家の床には独楽やら人形やらプラスチックの宝石やらいろんな遊び道具が散らばっている。

 そんな家の様子をみて、ムーは疲労感からか大仰にため息をついた。なんてったって片付けるのはムーなのだ。

 玩具を散らかした愛らしい少女ではなく。


「ムー! おかえり!」


 部屋の一つから顔を出し、ムーに駆け寄るその少女。

 無邪気な笑みを浮かべてムーの胸に飛び込んでくる。


 ムーは薄く笑ってそれを受け止めて、わずかによろめき、結局は尻餅をついた。

 坂道が効いているのだ。登りきった時点でふらふらだったムーには少女を受け止められる力など余っているはずもない。


 それでもムーは愛おしい少女のため、曖昧な笑みを作って飛びついてきた少女の顔を覗き込んだ。


「……いいこにお留守番できた?」


「うん! チャオいいこ! すごくいい子だったよ!」


 部屋を散らかした犯人はそう言って無邪気に笑った。


 翡翠の旗袍チーパオに身を包んだ幼い少女だ。きっと10にも満たないだろう。

 か弱さを象徴するような細い枝のような体、日に焼けていない白磁のような肌。

 大きい漆黒の瞳は一切の穢れを許さず無邪気にきらきらと星のようにまたたいている。


 ムーはその艶やかで指通りの滑らかな漆の短髪に手を伸ばす。

 そしてその柔らかな感触を確かめるように優しくかき回した。


「……そっか。えっと、ほら、チャオが好きなの採ってきたよ。」


「いっぱい⁈ チャオのごはんいっぱい⁈」


 ばっと立ち上がって顔を輝かせる少女。

 そうこの果実はチャオの大好物なのだ。

 ムーに至っては生息域ぐらいの知識しかない、名前も知らない果実なのだけど。


 ムーはチャオの額に唇を落とす。


「今日の分だけだよ。日が経つと悪くなっちゃうでしょ。」


「チャオいっぱい食べるもんっ。」


「でもだーめ。……美味しい方がいいでしょ?」


 そう、この果実は日保ちしないから。

 毎日採りに行かなければならない、これはこの数年で学んだことだ。

 数日でグジュグジュになってしまうこの果実を多く収穫しすぎると後で困るのはムーなのだ。

 それに…。


 彼女が言葉通りたくさん食べるからこそ、ムーは坂を超えるのに一苦労しているのだ。

 これ以上増えるとちょっと困る。

 それがムーがこれを渋る理由の重大な一つだった。


 チャオがむくれて恨めしそうな顔をする。


「う゛ーー。」


「ほら、それよりはやく。とりたてが一番なんだから。」


 でも、ムーがそう言えばチャオの表情はくるりと一回転。

 羽根が生えて飛んで行ってしまいそうなぐらいに舞い上がって満面の花を咲かせる。


 ムーはまなじりを下げて手を伸ばしてくるチャオをたしなめた。


「ほら、頂きますだよ。」


「いただきますッ! いただきますッ!」


 ムーが手を合わせて一礼すると、チャオもそれに倣って乱暴に手を合わせた。


 でもすぐに飛びついたりせずに、律儀に逸る身体を抑えている。

 もういいかとこちらをきらきらの目で伺ってくるチャオに、ムーはゆるく微笑んだ。


 その笑顔に喜の色を深くしたチャオはようやく果実に飛びついた。


 リアカーの中からはみ出た枝を無造作に掴み、その細腕でゆっくりと持ち上げる。

 掴み出したその果実のつやつやとした柔らかな果肉に目を輝かせて。

 抱え込むような体勢になってチャオは無我夢中にかぶりついた。


 チャオの歯が果実に突き立てられ、ぱちんとハリのある薄い皮がはじけた。

 同時にたらりと溢れ出すあまい果汁がチャオの口の端を伝う。


 溢れ落ちるそれを器用に飲みくだしながら、チャオは白っぽい果肉を舌で転がした。


 一噛みしただけで、滴るほどに溢れる果汁。そう、この瑞々しさが果実を日保ちさせない最大の理由だ。

 保存の方法として水気を抜いて干してドライフルーツにするものがあるのだが。

 ムーはそれができないので毎日わざわざ収穫しにいくのだ。


 チャオはそのドライフルーツを嫌がるから。

 チャオは果実のこの水蜜が大好きなのだ。


 ごくごく喉を鳴らして無邪気に果実を貪るチャオにムーは笑いかけた。


「どぅ? 美味しい?」


「うん!おいしいっ、おいしいよっ!」


 果実の独特な芳香がむわっと一層に強くなり、ここぞとばかりに存在を主張した。

 その中でチャオはとびきりの笑顔を浮かべる。


 ジューシーで肉厚な果実は食べ応えがありそうなものだが、チャオは固い芯の方までバリバリと噛み砕いてしまう。

 その芯も割れ目から果汁と同じ色の中身をさらしていて、食欲を唆る。

 それを見咎めてかチャオがこちらに視線を寄越した。


「ムーは? 食べる?」


 食べかけのそれを差し出してくる。

 チャオの歯に削られたボコボコの表面がこちらを向いた。

 それでもつるりと濡れて艶めく断面。ムーはそれを複雑な気持ちで眺めた。


「僕はちょっと……。」


「えー、おいしいのに!」


 そんなことを言われてもムーはこれが苦手なのだった。そもそも固いから食べられない。


 この果実は若ければ若いほど柔らかな実で、古ければ古いほど固くなる。

 その、柔らかな方でさえムーは噛み下すことが出来ないでいた。


「こんなにおいしいものたべれないなんてムーはかわいそう……。」


 言葉を濁して断れば悲しそうにそう言って俯くチャオ。

 おいしいものを分け合いたいというチャオの心に応えられない事が苦しいところだが、食べられないものは仕方がない。

 ムーは頰を掻いた。


「チャオがおいしいって言ってくれるだけでいいよ。」


「おいしい! おいしいよムー!チャオこれ大好き!」


 慌ててチャオがそう言ってくれるから、にこにことムーは穏やかな笑顔を浮かべる。

 それにホッとしたのか、ようやく和らぐチャオの表情。


 もとの少女らしい顔に戻り、こちらに寄越していた部分を舐め始める。

 しかし、チャオはふと何か考え込むように動きを止めた。

 突然のことに首を傾けるムー。

 思いついたようにチャオがこちらを向いた。



「ムーも大好き! だからムーもおいしい?」


「僕とくだもの(それ)を一緒にしないでよ。」


 恐ろしいことをいう!

 そりゃあチャオにかかればムーの身体だってその果実よろしくたべられてしまうだろうさ。

 冗談めかしてその頭をかき混ぜればチャオは気持ち良さげに目を伏せた。


 長い時間をかけ、懸命に口を動かして小さな口で果実を啄んで、遂に一つ目が食べ終わった頃に移ろうか。


 チャオは口中をべたべたにしながら媚びるような目でムーを捉えた。

 その口の端から滴っているのが唾液なんだか果汁なんだかもうわからない。

 開いた口から果肉の白い部分が溢れるが、構わずチャオはこう叫んだ。


「ムー! おかわり、チャオおかわりほしい!」


「はいはい。」


 愛らしい催促にムーが敵うはずもなく、リアカーの上に積まれた中でも、とびきり美味しそうな小ぶりなものを選んで手に取った。

 それでも抱えるほどある果実をチャオの目の前まで持っていく。


 受け取るなり自分の倍はあるそれにキスするように口を寄せて歯を立てるチャオ。

 もぐもぐと咀嚼して、味を一つ一つ確かめるように舌で転がす。

 満足したのかどろどろに蕩けた顔をこちらに向けた。


 そうしてチャオは顔中を真っ赤に染めて、ボール大の果実の頭を抱えて花のように、陽だまりのように笑うのだった。


 その笑顔だけでムーの心は癒される。

 でもそれとは逆に、心臓は早鐘をうち始め、思考はぐちゃぐちゃにかき回されるのだった。

 甘い痺れに思考が溶かされる。



 小気味のいい咀嚼音が響いている。

 嬉しそうに、嬉しそうに、果実を口に運び、蕩けたような表情になるチャオはどこか誘うような危うさを秘めていて、ムーは咄嗟にざわつく胸を押さえた。

 頬を紅潮させながら、チャオが最後の一口に齧りついた。


 その光景にムーの脳髄はかき回される、かき回される。



 実を言うとこの少女、チャオは人ではなかった。

 どう見てもか弱くて10にも満たない幼い少女なのだが、チャオはちがう。


 昔からムーの国に伝わる、とある大妖怪。

 その、子供だ。


 そんなチャオと人間のムーがなぜ一緒にいるかと言われれば長くなるので割愛するが…。

 理由を聞かれてまず一番に出てくるのは、ムーがチャオのことを好きだからだ。


 チャオに飢えて欲しくないからだ。

 その妖怪の雛は幼少時代、とある果実しか口にすることができない。

 独特な匂いのする、この果実である。


 でも、幼少の雛はうまく自分で餌を見つけられないから、ムーがここにいるのだ。



 チャオが果実を食べ終わってふわり満足そうに笑う。



 そう果実、果実なんだ、だから違う違う違う僕が毎日収穫してるのはくだもの、そうくだもの。







「あー、おいしかった! ごちそうさまっ!」






 ─────決してニンゲンなんかじゃない

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1度目と2度目で味の変わる作品を書きたかった。
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