帰還
輿が二つ並んでいた。
「おお輿か、久々だのう」
今川氏真は、さっさと輿に乗り込んだ。
「どれ。うむ。おお、良いではないか。ほれ、奧も乗ってみよ」
「さ、姫様、こちらへどうぞ」香鈴は促した。
しかし、姫は乗ろうとしない。
「ここにはお初、あなたが乗りなさい」
「え、そんな」
我が子を抱えたお初は大いにたじろいでいる。
「今川家の血筋をあなたは繋いでくれたのです。あなたが乗りなさい」
「ですが・・・・・・」
二人で譲り合って、中々乗ろうとしない。
八弥たちは仲間と顔を見合わせてうなずくと、ダッと氏真に駆け寄り、取り囲んだ。
「おいその方たち、余に何を致す!」
それには耳を貸さず、力を合わせて「せぇの」で担ぎ上げた。
そのまま移動し、「いーち、にーの、さん」で逆川に放り投げてしまった。
落ちた辺りは水深が浅い。
「おおっ!」
氏真はザバッと水から顔を出した。
一貫は大笑いしながら水に入り、着ている服と手ぬぐいを差し出した。
「さ、お初様、こちらへどうぞ。」
香鈴は輿へ促した。
「いえ香鈴さん、そういう訳には」
言いながらお初は姫を見た。
輿の上でにっこりうなずいている。
「で、でしたら小春と一緒に」
小春はびっくりして首を横に振っている。
風魔は二人を取り囲んで、「いいから、いいから」と無理やり乗せてしまった。
恐縮する二人にお構いなく、風魔たちは輿を持ち上げた。
姫の輿も持ち上がった。朝比奈の男達も次々輿に取付く。
「香鈴」
「なんですか、姫様」
「あなたもここにお乗りなさい」
「え?」
「いいから香鈴さん、乗っちゃいなよ」
「そうっすよ、香鈴さん。早く、早く」
「みんないいの、重くなるよ」
「いいからいいから、早く乗っちゃって」
「じゃ、お言葉に甘えて。よっこいしょ」
姫に並んで座った。
輿の上からは遠くまで良く見える。
(おお、快適!)
「みんなよろしくね。しっかり担ぐのよ!」
「おう!」
男たちの声が一斉に上る。
主水は犬のエンマと共に輿に付き添っていた。
お佳代と新野甚五郎が並んで歩く姿も見える。
それを取り囲むように大勢の北条の侍たちが付き従っている。
氏真は一貫に付き添われ、ずっと後ろを歩いていた。
山の緑がまぶしく波を打つ。
暖かい風が心地よい。
ここに来たときは寒かったことを香鈴は思い出した。
振り返ると、掛川城が小さく見える。
香鈴の目から涙があふれ出た。
「おーい、みんなー」
遠くで声が聞こえる。舎利奈が手を振っているようだ。
「いつでも船を出せるぞー」
青い空に入道雲が立ち登っている。
遥か彼方に遠州灘が広がっていた。
完
~あとがき~
最後まで読んでくれて本当にありがとうございます。
リサーチ不足で、史実とかけ離れた箇所も多数出てしまいましたが・・・。
気が向いたらまた何か書くかもしれません。
その時は、またどうぞよろしくお願いしますね。
立花八作




