明日へ
一貫と白狼が待っていた。
「どうだった主水、殺ったのか」
主水は首を横に振った。
「仏心が湧いたか。相変わらずだな。」白狼はフッと笑みを浮かべた。
「主水よ、お主この商売向いとらんのではないか。どうじゃ、ワシと一緒に坊主やらんか」
主水は意外そうな顔をした。
「坊主はええぞ。適当な事言って説教垂れとるだけで、信者が有り難がってお布施を持ってきてくれよる」
「まさか。一貫どの、そのような簡単なものでは有りますまい」
「はっはっは。まあ良い、今すぐ決めんでも。気が向いたらワシャ何時でも相談に乗るからの」
「おうい、相模衆、雨宮殿」どこかで聞いた声がした。
「おお、日根野殿。北条への仕官の口を取り付けましたぞ。貴殿に相応しい待遇を約束してくれ申した」
日根野備中は馬をひらりと飛び降りた。齢五十の男とは思えぬ身軽さだ。
主水の前に来ると、「すまぬ」頭を下げた。
「近江の浅井から使者が参っての。『一騎当千の貴公の力をお借りしたい。共に織田信長に天誅を』と言われての」
懐から手紙を取り出して主水に見せた。なるほど確かにその様に書かれている。
「せっかく口を効いてくれたのに、恥をかかせて済まなんだ。これを受け取ってくれ。関ノ孫六だ」
日根野は従者に持たせていた刀を受け取り、主水に押し付けた。
「孫六、名刀ではござらぬか」
「気が済まぬかも知れぬが、これで納めてくれ。浅井は今、追い詰められておっての。ワシは弱者に頼られると断れんタチなのじゃ。わっはっはっは」
「日根野殿、その米俵は?」
荷車に米俵が積まれている。
「うむ、餞別に徳川から勝手に失敬したのよ。切り取り強盗は武士の習いと言うからの」そう言うと、ニヤリと笑った。
「日根野殿、どうぞお達者で」
「うむ。生きていたらまた会おう。では」
日根野備中は馬に飛び乗ると、配下を百人ほど引き連れて掛川を去った。
付いて行った朝比奈兵も何人かいるようだ。
乱世をたくましく生き抜き、最後はこの人らしい死に方をした。
「今川家無き世はあり得ん」
朝比奈泰朝は今川氏真に従い、掛川を去る事とした。
名族の誇りが邪魔をしたのだろう。
他の何処にも仕えなかった。
優れた資質を開花させつつあったが、彼はこれ以降歴史の記録から姿を消す。
風魔党が掛川城で活躍した記録はどこにもない。
何故なら彼らは相模の乱波、忍びの者だからである。




