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旅立ち

 厚い雲の合間から、柔らかい光が差している。

 箱根の山々が白く輝いて見える。


 茶室を辞し、表の玄関先に立つと、香鈴は両の掌を上に向けて空を仰いだ。

 庇からポツリ、落ちた水滴が、香鈴の頬を濡らした。


(遠江ってどんな所なんだろう)

 見知らぬ旅路への興味が、若い好奇心をかき立てる。


 城門へ続く、濡れた砂利道を歩くその横では、極めて現実的な会話が交わされていた。


「おやじどの、いや出羽守様、報酬の話しは出来ましたか?」


 主水の関心事はそちらの方らしい。

 この当時、北条と風魔に明確な主従関係はない。

 専門技能集団とその雇い主、と言う方がしっくりくる。

 仕事の評価は報酬で、というのは極々普通の事だ。


「ああ、旅費の名目で手付金が出た。姫を無事小田原に連れ戻せば、さらに成功報酬が頂ける。それで舎利奈の船も新調できそうだ。今の内にお前の取り分を渡しておこう」


 どこで移し替えたのか、小太郎は巾着袋に入った金子を袋ごと渡した。


「こんなに! 香鈴と俺を入れて十人を予定してたんだが、京まで楽に往復できる。良いのですか?」

「姫君をお救いすれば風魔党の地位もぐっと上がる。安いものだ」


 主水の口からウーム、と唸り声が漏れた。

 北条家の本気度が窺い知れる。


「で、遠江への経路だが、お主の望みをそのまま里に指示しておいた。旅装は商隊で良いのか?」


 風魔の者たちは、昔から諸国へ行商に出かける。情報収集が目的だが、商いが目的となる事もある。組織だって商隊を組むようになったのは四代目になってからだ。主水も行商を装って行動する事が多い。関東一円はもとより、同盟国であった甲斐や遠江、信濃や三河まで出かけた。中でも最も風魔を豊かにしてくれたのは駿河である。

 しかし今、駿河は騒乱の渦中にある。


「此度は急ぎの旅だ。物資の運搬を伴う行商姿は避けた方がいいだろう」

「確かに」


 空が先刻より明るい。城下へ続く、大手門の屋根を太陽が淡く照らしている。


 城門の外で、若い男が八人待機していた。主水の部下だ。

 小太郎の姿を確かめると、畏怖と敬意の色を浮かべた。


「では、おやじどの」

「うむ。主水よ、行って参れ。香鈴、主水の足手まといにならぬよう……」



 二人に背を向け、一人で城内を歩き出すと、なぜか小太郎は寂しさに包まれた。


(このワシがの……)


 略奪と戦いに明け暮れた、かつての自分が思い浮んでくる。


(力が全て)そう信じて疑わなかった。


 しかし、北条幻庵との出会いで、それが崩れた。


 強者の勝利は一時のもの。時流の変遷に応ずるものが最後に勝ち残るのではあるまいか。


 小太郎の脳裏に、かつて共に戦った二人の男が浮かんだ。

 (新八、左近、許せ。若い者らにワシらの轍を踏ませぬ)


 自分を恐れつつも慕う、若い風魔たち。

 こ奴らの為に、ワシにできる事は……。


 その厳めしい風貌の裏側の、小太郎の心中を察する者は、ほぼいない。



 庵で子安が待ち構えていた。


「子安ではないか。ヘマでもして追い返されたか」


「はい、火傷が治るまでここにいるよう、黄金丸さんに言われて来ました」

 そう言うと、ニヤリ、悪童じみた笑顔を向けた。


 いつもは寒い室内が今日は暖かかった。

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