別離の宴
日差しがジリジリ熱い。
主水と半蔵は、霧吹き井戸の横で並んで話していた。
「雨宮殿、貴公の提案、上手く実を結びましたな」
「服部殿の御尽力のおかげでござる」
「貴公はこれからも忍びとして生きるのか」
「ふむ、他の生き方を知りませぬでな。急にいかが致した」
「ワシは武将として生きて行きたいのだが、家康様がお許しにならんのだ。『そなたは忍び衆の束ねをせよ』とな。貴公の所のご老人にそう伝えておいて下され」
「おい、二代目」一貫の声がした。
「む、ご無沙汰でござる」
「この城はもう徳川の物じゃ。お主らの警備が甘いせいで余計な仕事をしたではないか」
「いや、申し訳ござらぬ。家康様からも叱られ申した。ところで御坊、もしや藤林岩鉄どのではあるまいか」
「ほう、岩鉄を知っておるのか」
「御坊ではござらぬか」
「残念ながら別人じゃ。ワシの名は一貫じゃ」
「一貫どの、僧侶の変装が板についてござるな」
「馬鹿者、僧侶はワシの本職じゃ。全く、どいつもこいつも」
家臣会議室では餞別の為にささやかな食事会が開かれていた。
食事と酒は徳川が差し入れた物だった。
一緒に戦い抜いた者たちが間もなくバラバラになる。
ほとんどの者とはもう二度と会い事が無いだろう。
お佳代と香鈴は、干し柿を片手に話していた。
「父と許嫁を桶狭間で亡くし、母もいないし、もうこんな歳だし・・・・・・」
行く当てがなくて途方に暮れているようだった。
そこへ新野甚五郎が割って入って来た。
「香鈴殿、お佳代殿、北条家に仕官が決まり申した」
「それは、良かったですね」
香鈴は嬉しかったが、お佳代の手前、喜びを表わす事が憚られた。
「お佳代殿」
新野はお佳代に向き直り、言った。
「それがしと一緒に相模へ来てくれませぬか」
才可たちは朝比奈衆と話していたが、様子が変った事に気付いて話を止めた。
「え、何しにですか」
周囲は皆、二人の会話に聞き耳を立てた。
「気丈なお佳代殿こそ我が妻に相応しい」
「おおっ!」
あちこちで一斉に声が挙がった。
「はい、ちょっとみんな静かにしてー」
香鈴は立ち上がってあごを引き、両手を横に伸ばした。
「いかがでござろうか。お佳代殿」
「ですが私、もう二十五ですし」
「それがしは、もう三十でござるよ」
(えっ、もっと若いかと思ってた)
香鈴は驚きのあまり、干し柿をポロリと落とした。




