火炎車
崖下に向かって幾筋もの火の車が走る。
黒猿が仕掛けた罠だった。
二人の黒装束の男が、闇の中に浮かび上がった。
甲州の素波に違いない。
(俺たち風魔は火術が一番だぜ)
風魔ではこれを火炎車の術と呼んでいる。
火炎車を全て落とした後は、次々と棒手裏剣を撃ち込んだ。
「お前たち、休まず撃ち込めよ」
黒猿は大量の棒手裏剣を用意していた。
次々と闇の中へ吸い込まれていく。
「黒猿さん、一人倒したみたいです。もう一人は逃げたようです」
「よし、よくやった。二手に分かれるぞ。半分俺に付いてこい。残りは敵を追え」
黒猿は五人を引き連れ、矢倉丸へ急いだ。
月の光が、掛川城を浮かび上がらせている。
黒猿が矢倉丸へ応援に駆け付けた時には、全てが終わっていた。
「すげえな。主水さん一瞬で倒しちまった」
「しかも、二人とも素手で」
八弥たちが話していたので、彦猿は尋ねた。
「お前たちはどうだった」
「あ、黒猿さん。俺たちの出番、全く無かったです」
主水は屈んでいた。その下には息も絶え絶えの男がいた。
「南無阿弥陀仏。後生だ、死ぬ前に一言聞いてやろう」
皆、耳を傾けた。
「高坂弾正から聞いた。ごふっ。風魔のくのいちに気を付けろ、とな・・・・・・」
それきり男はしゃべらなかった。どうやら死んだようだ。
「高坂弾正って誰だ?」
主水は尋ねたが、誰も知らなかった。
後年、徳川幕府に虚言を報じて風魔党を追い詰めるのだが、それはまだまだ先の話し。
逃げた敵を追っていた者たちが戻って来た。
「すいません黒猿さん、追いつけませんでした。奴が落としていった物です」
黒猿に永楽通宝を見せた。穴には紐が通っていた。
「ビタ銭だ。お前にやるよ」
(あ、助作のだ)
香鈴はすぐ気付いた。
「ところで、くのいちってどういう事だ」
主水は再び尋ねた。
「さあ・・・・・・」
誰にも分からない。
くのいちと言えば香鈴しかいないのだが。
「香鈴、何か心当たりはないか」
「・・・・・・さあ」
甲州素波、助作をちょっとからかってやった事くらいしか、香鈴は心当たりがない。
(高坂弾正っていう人が助作なのかな。ま、どうでもいいし)
それきり香鈴はその事を忘れた。
東の空が白んでいた。
どこかでセミが鳴き始めた。




