立ち選り
掛川城で最も高い場所、矢倉丸。
その櫓の一階に、今川氏真とその奥方はいた。
「奧よ、この者らは余を守るために北条から寄越された者に違いない。駿河太守である余を守るのが使命なのじゃ。余と共におれば、何も怖くはないぞよ。」
氏真は震える両手でしかと姫にしがみついていた。
櫓の前には黒装束の者たちがいた。
二人に背を向け、横一列に立っている。
(来たみたいっすよ)
黒装束の一人が言った。
ジャラッ。鎖分銅が廻り始めた。十手を二本構えた者もいる。手槍を構えた者、炸裂玉を構えた者、それぞれ得意な武器を手にしている。
二つの黒い影が現れた。
「相州の乱波どもよ、邪魔をするなら死んでもらうぞ」
それに対し、真ん中の背の高い黒装束が、敵を指さしながら大音声で吼えた。
「来たな、甲州素波ども! 我々がいる限り、姫には指一本触れさせん!!」
その隣の黒装束が続けて吼えた。
「そうよ! 姫には絶対触れさせないわよっ!!」
(余を守るのではかったのかーっ)
氏真は声にならぬ叫びを上げた。
雲が徐々に少なくなって来たようだ。
月光と闇とが交互に訪れた。
姫の居室で二人の黒装束の男が固まっていた。
「残念じゃったの、姫ではなくて」
そこには姫ではなく、姫の衣服をまとい、かつらを被った一貫がいた。
「う、氏真公はどこだ、教えろ」
「馬鹿者、教える訳なかろうが。おい皆、出てまいれ」
天井、床、床の間から一斉に黒装束の男が飛び出した。
全員、風魔の者たちだ。
「女装も結構面白いの。癖になりそうじゃ。皆、後は頼んだぞ」
一貫はかつらを外し、着物を脱ぐと、ひとこと言った。
「殺しを楽しむ目をしておる。大往生は無理じゃ」
くるり、一貫は背を向けた。
禿げ上がったその後頭部に、血しぶきが水玉模様を作った。
いつの間にか、空を覆ていた厚い雲が掻き消え、月が掛川城を照らしていた。柔らかい風が遠州を吹き抜ける。
武器庫の中に黒装束の男たちがいた。
徳川軍に接収され、中には折れた弓が数本転がっているだけだ。
白狼と十人の風魔たちの他に謎の二人がいる。
黒覆面でお互いの顔は見えない。
「皆、座れ」
白狼は指示した。全員その場に座った。
「ごほん!」
咳払いした。皆一斉に耳を触る。
遅れて触る者が二人いた。
すかさず指をパチンと鳴らした。バッと全員立ち上がった。
二人が少し遅れて、慌てて立ち上がった。
小太刀のツバをカチンと鳴らした。
皆一斉に壁際に跳ねた。
部屋の真ん中に二人が取り残された。慌てている。
白狼は言った。
「殺れ」
壁際から十の風魔が一斉に中央に跳んだ。
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
肉を刺す音が響いた。




