刺客、再び
「いくさが終わってしばらく経ち、城内は緩み切っとる。ワシが刺客だったら今夜を狙うのぉ」
一貫のその一言で、風魔党は最大の警戒態勢を敷くことにした。
「四手に分かれよう」
主水は全員の前で言った。
「白狼と黒猿は十人ずつ指揮してくれ」
「いいだろう」
「一貫殿もお力をお貸し願いたい」
「ええぞ」
「十人は一貫どのの指揮を仰げ。残りは俺と共に姫を守護する。いいか」
全員、返事の代わりに握りこぶしを胸の前で交差させた。
分かったの合図だ。
主水は額の上で手を合わせ、その手を左右に伸ばした。
一斉に全員がその場を散った。
厚い雲が月を隠している。
城内は疲れ切って、泥の様に眠っていた。
「準備はいいか?」
大柄な男が静かに尋ねた。数人の男が手を上げた。皆黒装束である。
「よし、始めろ」
崖の上に、大八車の車輪やタライがいくつも置かれた。
油を浸み込ませているのだろう。松明を近づけると簡単に火が燃え移った。
大柄な男は黒猿だった。
崖下を指さすと、一斉に転がり落ちて行った。
岩があちこちに顔を出している。
途中で車輪がいくつか派手に壊れ、火の粉が舞った。
火の粉は崖の途中に潜んでいた黒装束の男を照らし出した。
月がほんの一瞬姿を現し、掛川城を照らした。
束の間の月光はたちまち消え失せ、再び闇に戻った。
滑るように城内を走しる集団がいる。全員黒装束だ。
先頭を走る男は、いつの間にか集団が二人増えている事に気付いていた。
そして黙って指を差した。
空になった武器庫がある。集団は吸い込まれるように入って行った。
(掛ったな)
白狼は黒覆面の下でほくそ笑んだ。
深い闇のどこかから、小動物の断末魔の叫びが響いた。
恐らく、フクロウがネズミでも捕まえたのだろう。
音を立てずに襖が開いた。姫の居室である。
黒装束の男がスッと入って来た。
部屋の中には女性が一人、窓を向いて座っている。
男は思った。
(今川の奥方だな。籠城で疲れ切っているのだろう。年老いて見える)
更にもう一人の男が入って来た。
二人の黒装束は顔を見合わせうなずくと、刀を抜いた。
「奥方よ、命が惜しくば氏真公の居場所を教えろ」
その声に姫は振り向いた。
二人は驚いた。
「き、貴様は奥方ではないな!」




