顛末
翌日、城受け取りの使者として、徳川軍のもう一人の最高幹部が乗り込んできた。
酒井忠次と言う武将だ。
これより後も、この人物は徳川の戦いのほぼ全てに参加し、最も危険な先鋒を務めた。
この人がいなければ、恐らく後の世に徳川幕府は成立しなかったに違いない。
「我らは徳川軍は、手向かわぬ者は一切殺さぬ!」
大広間で大勢の朝比奈衆に対し、きっぱり言い切った。
「誰かと違ってな」小倉且久をにらみ付けながらそう言った。
その目を凄ませて・・・・・・。
小倉は思い出していた。
(こやつの家族も人質として処罰した)
しかし、家族の名前までは覚えていない。
開城の手続きが、淡々と進められていった。
開城が決まったからと言って、直ちに中の人が入れ替わるわけではない。
掛川城ほどの規模になると、手続きに幾日も掛るものだ。
残された兵糧や、犠牲者の確認とその記録。
開城に反対する者が潜んでいて、ふいに襲い掛かる可能性もある。
城内の念入りな点検が繰り返し行われた。
北条、上杉を巻き込んだ大がかりな外交交渉の末である。
各家の面目を潰さぬよう、細心の気配りが求められた。
そして今川居館である。
小田原から派遣されて来た北条の家臣たちが、姫と向き合っていた。
風魔党は遠慮がちに外の廊下に座っていた。
今後について話し合いをしているらしいが、どうも空気が重い。
姫がようやく口を開いた。
「前にも言いましたが、わたくしは小田原には戻りません」
「え、ええっ!?」
皆仰天した。
(いまさら戻りたくないって)
香鈴は以前聞いた言葉を思い出した。
そして下座から遠慮がちに尋ねた。
「あのぉ姫様、それってもしかしてお父上様が・・・・・・」
「そう、ウザいのです」
その言葉に、皆思わずポカンとした。
「おほほほ」
姫はみんなの顔を見て可笑しそうに笑った。
「で、では姫は、一体どこへ行こうと・・・・・・?」
うろたえながら、北条の侍が尋ねた。
姫は視線を廊下へ遣った。
「一貫どの、あなた僧侶が本職と言ってましたね。お寺はどこですか?」
「は、愚僧は戸倉で住職をしておりますが・・・・・・」
「決めました! わたくしは戸倉に行きます!」
その言葉に、さすがの一貫も驚いている。
「早馬を出せっ! 氏康様へ至急ご指示を仰ぐのだっ!」
北条の侍が数名、慌てて退席した。
「一貫どの、御屋形様のお話相手、頼みましたよ」
「はっ、お任せ下され」
一貫ほどの風魔でも、姫にそう言われるとなぜか断れなかった。
外は雲一つない快晴で、まぶしい青がどこまでも広がっている。
「また、姫のわがままが出たな」
北条の侍は楽しそうに話しながら、馬にまたがった。
「輿入れしても、姫は姫のままでござりましたな」
もう一人の侍も馬にまたがった。
二人は馬上で顔を見合わせると、大笑いした。
「戸倉城への配置転換を願い出てみるか」
「そうでござるな」
そう言いながら二人は、急ぎ、相模へ向かった。
木々が鮮やかな緑を風に揺らしている。




