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討死

 北条の先遣隊は、海から来たらしい。


 開城を促すために遣わされたはずなのだが。

「天竜川の河口付近には、既に北条の水軍が大挙して控えてござる」

 それを聞いた主戦派の武将たちは、かえって気勢を上げた。

 開城どころか、更なる戦いへのきっかけとなってしまった。


「よし、北条の援軍が来てくれた。今こそ決戦だっ」

「い、いや、お待ちなされ、我々は・・・・・・」

 北条の武将が何か言おうとしたが、その声はかき消された。


「ワシの身に何かあっても、相模衆が氏真様ご夫妻を守ってくれるだろう」

 朝比奈俊永はそう言い残して出撃して行ったという。



「まずいな、折角の和平交渉が決裂しかねん」

 主水は北条居館の屋根の上で呟いた。

 主戦派が出撃してから既に三日経つ。


 遥か眼下に、敵味方の兵たちが見える。

 城と天王山をつなぐ一直線の道では一進一退の激戦が繰り広げられていた。


(皆、生きて帰って来いよ)

 掛川城に入ってからもう半年近い。

 城の者たちとは既に強い仲間意識ができていた。


(情に流されてはいかんのだがな)

 主水に忍びとしての欠点があるとすれば、ここだけだ。


(朝比奈俊永どのの軍が見えん)

 どこかに埋伏しているのだろうか。


 三浦監物の部隊が先頭になって、敵を天王山のすぐ下まで追い始めた。

 怒涛の勢いに、徳川軍が追い詰められている。

 嵩になって攻め立てる三浦軍。

 もしかして、天王山を取り戻せるのではないか!?

 掛川城に居残った将兵たちは、唾を飲み、手に汗を握った。


「おおおっ!!」

 天王山で鬨の声が上がった。

 と、同時に三浦軍が一斉に崩れ、退却し始めた。


「あ、徳川の本隊が天王山から降りてきたぞっ!」

 誰かの叫び声が聞こえた。

 派手な馬印が見える。

 業を煮やし、家康自身が降りてきたに違いない。


 たちまち三浦軍を追い散らし、気勢を上げた。

 逃げる三浦軍を追いかけ、徳川の陣が細長く伸びた。


 その時だった。

「俊永様だっ!」

 誰かが叫んだ。


 東の谷間から一軍が突如現れた。

 徳川の本陣を目がけ、全力で疾駆している。

 この一瞬を待っていたのだろう。

 家康の首を取る気に違いない。


 先頭を突っ走る騎馬武者は、朝比奈俊永。

 きらびやかな甲冑を身にまとい、誰の目にもひと目で分かる。

 徳川軍はたちまち色めき立った。

 よろめくように身を縮める徳川兵たち。 

 一人の兵が槍を構えて立ち塞がった。 

 だが俊永は勢いを止めない。

 槍で突き、頭上へ持ち上げ、兵を背後へ振り落とした。

 戦場は一瞬で、しんと静まり返った。


 俊永の声が戦場に轟き渡った。


「徳川の者共に申し伝える! 我が名は朝比奈俊永! これより家康殿の首、貰い受けに参る! 命が惜しくばその道開けよ!」


 凄まじい大音声が衝撃波となって徳川軍を撃った。

 遠で見ている主水にまでその響きが伝わってくる。

 俊永はダッと馬を駆った。

 徳川の兵達はよろめきながら、それを避けた。



 道が開いた。徳川の本隊まで真っすぐな一本道だ。

 掛川城の至る所から、大歓声が上がった。


「俊永様ぁ、頼ンますぜぇ!」


 本丸の朝比奈兵達も今川居館の屋根に上ってきて、遠く俊永を応援した。


「俊永様ぁ、やっちまえ!」

「てめえら三河へ引っ込め!」

「三河野郎ども! 俊永様にやられちまえ!」


 今川方から激しい罵声を浴びながら、徳川本隊から一騎、大柄な武者が駆けだして来た。


「あっ、鹿ツノ左衛門だ」

 主水の隣で香鈴が叫んだ。


 派手な鹿の角の飾りを付けた兜。

 大柄な武者は見事な手綱捌きで、俊永の行く手に立ち塞がった。



 朝比奈俊永は、これまでにない威圧感を感じ、馬を止めた。


(ナリと違って、まだ若いようだな)


 体中を血が激流していたが、頭は冷静に敵を分析していた。

 しかし、口から吐き出した言葉は、猛獣の叫びのごとく。


「小僧! ひねり殺すぞ! そこをどけっ!!」


 思わぬ言葉が返って来た。


「じじい! ひねり殺すぞ! そこをどけっ!!」


 なぜか俊永の胸中を、さわやかな心地良い風が吹き抜けた。

 新しい時代の息吹きを感じる。

 俊永の脳裏を、これまで生きてきた様々な情景がよぎった。 

 そして、目の前の騎馬武者が、何故か堪らなく愛おしい。 

 

 二人は槍を構え、同時に馬腹を蹴った。


(良き敵と巡り合い、我が生涯は価値あるものと相成った!)


 二騎は更に加速した。

 交差する瞬間、虹のようなきらめきが二騎を包んだ。

 そのまま走り抜け、そして止まった。


 互いに向き合った。


 鹿の角の武者は首にかけている大数珠を片手に持ち、拝むような姿勢を取った。


 朝比奈俊永は、ゆっくりと馬から落ちていった。

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