籠城の兵達
掛川城を取巻いていた水が、日に日に減って行った。
「堤防を壊す前より水位が低いのではないか?」
主水が言った。
「うむ、敵に土木の専門家がいるようでござるな」
新野甚五郎だった。
短期間でこれだけの水を抜くには、地形の高低差を把握して、水路を見抜く専門知識を要する。
「足場はぬかるんでいるが、日差しが強い」
「いかにも。攻撃が近いですな。三日後。と言ったところであろうか」
「三浦殿はあの後、しきりに決戦を主張してござったが」
「このままじっと守りを固めて、北条の援軍を待つ方が賢明だ」
新野甚五郎は優れた戦術眼を持っている。
主水はそれに気付いていた。
優れた資質を持ちながら、それを発揮することなく束の間の生涯を終えていく。
この時代、そういった者は数えきれない。
それが乱世なのだ。
それから数日経ったが、徳川は攻めてこなかった。
おそらく水が干上がるのをを待っているのだろう。
更に数日が過ぎた。
「堀の水が干上がってしまったな」
佐太郎は北条居館の屋根の上で誰にともなく話した。
頬当てを着け、弓を持っている。
万一敵が近づいたら、即、射殺す。
佐太郎は高所から周囲を警戒していた。
不器用な男である。
この男には、音曲を奏でたり、物真似をしたり、などと言う才能は皆無である。
彼にできる事と言えば、大槍を振るう事、強弓を引く事、そして優れた体術で敵を叩き伏せる事、これくらいしかない。
(俺は腕力だけは自信がある)
しかし諜報活動が主体の雨宮隊では力を発揮する機会があまりない。
(物足りないんだよな)
よく思う。
今もそうだ。
目の前の三ノ丸では、激しい戦いが繰り広げられている。
膝くらいにまで水量の減った堀を乗り越え、徳川軍が総攻撃を仕掛けてきたのだ。
崩れかかった城門から敵が次々侵入して来ている。
「くそっ、俺もあそこに行って戦いたいぜ!」
しかし籠城戦では各担当場所を死守するのが鉄則である。
勝手に持ち場を離れてはならない。
「頼斗、お前もそう思うだろ」
「・・・・・・あ、ああ、そうだな。」
あれ以来めっきり塞ぎ込んでいる頼斗に、佐太郎は掛ける言葉があまりなかった。
三ノ丸に新たに急造された仮小屋から、負傷兵や女性たちが次々飛び出してくるのが見えた。
本丸へ避難し始めたようだ。
(生きてこっちへ逃げて来いよ)
佐太郎はじっと見守った。
最後に、重傷者に肩を貸して慌てて仮小屋を飛び出すお佳代の姿が目に飛び込んだ。
(あっ! お佳代さん!!)
香鈴を通じて風魔党はお佳代と良く話す仲になっていた。
お佳代の後ろを徳川の兵たちが追いかけている。
なかなか手柄に有り付けない者が、腹いせに非戦闘員を襲う。
それはよくある事だ。
(畜生、今すぐ助けにいってやりてぇ)
佐太郎はイラついた。
頼斗が立ち上がった。
思いつめた顔をしている。




