伝説の抜忍
主水は櫓の二階に上がった。
姫は落ち着いて座っている。
隣には背を丸めて震えている今川氏真の姿があった。
「姫、ご安心召されよ。既に曲者を退けてござる」
ハッと氏真は主水を見た。
「なに、それは残念じゃ。塚原卜伝から授かった剣術で返り討ちにしようと待っておったのに」
氏真は刀を抜こうとした。
「まだ、ご油断なきよう。仲間が潜んでいる可能性がござります」
「な、なんじゃと!」
氏真は再び青ざめ、首をすくめた。
「今夜は我らが寝ずの番を致す。ここを一歩もお出になりませぬよう」
姫はこくりとうなずいた。
主水は櫓を降りた。
「一貫殿、強羅ノ新八とは何者でござるか」
「お主はあまり知らん方がええ」
「ですが」
「ワシと同じく、幻術の使い手じゃよ。だいぶ前に死んだがの」
「幻術は一体どこで?」
「昔、鳶ノ段蔵という、クセの強いオヤジがいての」
「伝説の忍び、加藤段蔵」
「そうじゃ。そいつに教わったのじゃ」
「お二人だけにそっと」
「いやいや、逆じゃ。弟子は百人を越えとる」
「そのような恐ろしい術を百人に」
「教え魔、と言う言葉を知っておるか」
「教え魔」
「そうじゃ。奴は教えを請う者には片っ端から教えた。そして最後に必ずこう言った」
「・・・・・・」
「これは秘伝中の秘伝、伝授したのはお前だけだ。他の誰にも漏らしてはならぬぞ。とな」
「変わったお方でござるな」
「教わっておいてこう言うのも何じゃが馬鹿じゃよ。最後は甲斐で、弟子に殺されたらしい。しかも自分の教えた術でな。どこか抜けた御仁じゃった」
白狼が矢倉丸に上って来た。
香鈴と虫丸が一緒だった。
「すまん、逃げられた」
「そうか。しかし三人とも無事で何よりだ」
「恐ろしく逃げ足の速い奴だった。虫丸でも追いつけんかった」
「主水さん、申し訳ないっす」
「頼斗がいないな」
「主水よ、頼斗は敵と戦い、傷付いている」
「なに、それならすぐに手当てを」
「無駄だ。傷付いたのは心の方だ」
香鈴は堪らず、元来た道を引き返した。




