黄泉路の先達
頼斗は我に返った。
(ここは氏真様の居室・・・・・・)
鬼女はいなかった。
代わりに黒装束の男が、白狼の腕の中で息絶えていた。
「すまんな頼斗、お前の獲物を奪って」
白狼はにやりとして言った。
「こいつはな、最も愛する者の幻を見せ、相手の心を奪う恐ろしい奴だ」
頼斗はそれを上の空で聞いていた。
「ようやく仲間の仇が討てた。頼斗、良く耐えたな」
それには答えなかった。
ふいに頼斗の両目から大粒の涙が溢れ出た。
(幻でもいい。もう少し母者と一緒にいたかった)
「亡くな頼斗、お前には仲間がいる」
白狼は頼斗の肩を抱きしめた。
フクロウが獲物を見つけたようだ。
羽を広げると同時に樹上を去り、音もなく滑空した。
男は大海原の上に漂っていた。
波の上に老僧がいる。
一瞬にして力量差を悟った。
(あきらめよう)
そう考えると、男は急に口が軽くなった。
「貴公もしや、強羅ノ新八どのではあるまいか」
「ふむ、新八はもうこの世におらん。残念ながらワシャ、一貫という名じゃ」
「いつも僧侶に化けているのか」
「馬鹿者! 坊主はワシの本職じゃ。ここには副業で来ておる」
「副業、器用な御仁だ。さあ、早く死なせてくれ」
「死んでどうする?」
「さあ。地獄という所に行くんだろうな」
「地獄に行きたいのか」
「いや、できれば極楽浄土とやらに行きたい。でも無理だろうな」
「なぜじゃ」
「俺は沢山の人を殺してきた」
「悪人でも悔い改めれば浄土に行ける。釈尊はそう申したぞ」
「御坊の話しは難しい」
「頭が悪いのぉ」
「信玄様は俺を『賢い奴』と言ってくれた」
「ふむ、人の世は難しいの」
「最後に頼みがある」
「何じゃな」
「俺を弔ってくれ」
「うむ、約束した。ねんごろに弔って進ぜよう」
「俺は出浦盛清殿の従者として入城し、一人残った。俺が手引いたのは二人。協力者は小倉且久殿・・・・・・。もうよいか、そろそろ御仏の元へ案内してくれ」
「潔いの。死なすには惜しい男じゃ」
「その言葉で充分だ。約束は守って下されよ」
「勿論じゃ」
主水の目の前で男が崩れるようにして倒れた。
既に事切れていた。




