刺客
場内は騒然としていた。
月明かりが、城内外を行き来する兵達を浮き上がらせている。
朝比奈泰朝、三浦監物とも場外へ出撃して行ったきり戻って来ていない。
矢倉丸からは、徳川軍相手に激しく転戦している様子が良く見えた。
城内の警備は極めて手薄だ。
「今宵は刺客が忍び込むのに絶好の夜じゃ」
一貫は月を見ながら呟いた。
今川居館には何人かの使用人がいる。
年老いた使用人が二人、雨戸を閉めに回っていた。
庭に面した雨戸を閉めようと、部屋の内外から雨戸に手を掛けた時、二人はフッと意識が無くなったようにその場へ倒れた。
雨戸の外に黒装束の男が現れた。
物音ひとつ立てずに中へ入って来る。
永楽通宝をぶら下げた紐を握っていた。
その後ろからもう一人、同じく黒装束の男が入って来た。
二人は目くばせし、廊下で二手に分かれた。
月明りが消えた。雲が出ているらしい。
永楽通宝を持った男が、ある一室の前で立ち止まった。
スー。
音もなく襖が開く。
中には女性が背を向け座っていた。
窓の外を見ているようだ。
(月でも見ているのだろう)
黒装束の、永楽通宝の男はそう思った。
華やかながらも落ち付きのある着物を身に着けている。
(貴婦人と呼ぶのに相応しいな。今川の奥方、北条の姫に違いない。思ったより若く見える)
男は刀を抜いて言った。
「氏真公はどこにおられる。言わねば殺す」
その声に貴婦人は振り向いた。
「あ、お前は!」
永楽通宝の男は驚きの声を上げた。
その頃、頼斗は鎖鎌を手に、もう一人の黒装束の男と対峙していた。
(おかしい、ここは氏真様の居室のはずだ)
室内なのに、なぜか無数の星が瞬いている。
(普通、星は頭上にあるものだ)
頼斗の左右、正面はおろか足元にまで星々が瞬いている。
正面の黒装束の男を見た。
(おかしい。目が霞んでいるのか?)
滲んで見える。頼斗は瞬きした。
(え?)
黒装束の男の代わりに女性がいる。
優しい目で頼斗を見つめていた。
(まさか。死んだはずなのに? 母者ッ!)
城内のどこかから、フクロウの鳴き声が聞こえてきた。
永楽通宝の男は固まっていた。
「はい残念、はずれー!」
そこにいたのは姫ではなく、香鈴だった。
してやったりの顔をしている。
「お前は風魔のくのいちではないか。なぜここに居る」
「あら、その声は助作ね。あんたもお仕事大変ね。どお、このお着物。似合ってるでしょ」
「ふっ、馬子にも衣装とはこの事だな」
「あんた上手い事いうわねぇ。褒めてあげるわ。おほほほ」
香鈴は口元に手を当てて笑った。
「繰り返し言うが、俺の名は助作ではない。そして、氏真公はどこにいるのか教えろ」
香鈴は人差し指を右目の下に当てて下に引っ張った。
そして口から舌を出しながら、「べー」と言った。
「バン!」という音と同時に畳が跳ね上がり、香鈴は姿を消した。




