陰謀、始まる
「今の内に天王山を取り戻そう」
主水は大広間の隅で黙っていた。
軍議の席である。
新たに籠城戦に加わった者たちが大勢いる。
「しかし三浦殿、北条を待ってから戦った方が良いのではあるまいか」
三浦監物も新たに籠城に加わった人物だ。
城主とは歳が近く、百人ほどの兵を従えていた。
「力を借りれば、後々、北条から何かと干渉されませぬか!?」
三浦はキッとして、声の主に言った。
三浦一族は鎌倉以来の名族である。それだけに気位が高い。
「しかし、徳川の勢いは侮りがとうござるぞ」
「これはしたり!、朝比奈衆ともあろう者が何を弱気な事を申される。我ら三浦一族が助太刀いたす。共に徳川を成敗いたしましょうぞ!」
主水の隣で日根野備中がニタニタしていた。
「雨宮殿、面白い男が現れたの。武人はこうでなくてはなるまいて」
「さ、左様でござるな」
(まずいな、早く姫を連れ出したいのだが)
しかし、主水の焦りは誰にも分からない。
三浦の気勢に煽られ、討って出ようか、という空気に傾いていたが、決め手がない。
三浦監物はイラつきながら周囲を見渡した。
その時、意外な人物が声を上げた。
「よし、ワシも出陣致そう」
小倉且久だった。珍しく会議に参加していた。
皆驚きを隠しきれない様子だ。
これまで今川氏真への取り次ぎを独占し、小判鮫の様に付いて離れなかった男が。
しかし朝比奈の家臣たちは好意的に受け止めた。
「貴公もついに自ら槍を手にし、我らと共に戦って下さるのだな」
「小倉殿、よろしくお頼み申す」
「共に戦いましょうぞ」
主水はひとり、苦い気持ちに包まれた。
虫丸の報告通りだったら、近々氏真公の身辺に危機が訪れるからだ。
(姫をお守りせねばならん)
姫を守ると言う事は、氏真を守ると言う事でもある。
(本当はそっちの方は、どうでもいいんだがな)
更に声が挙がった。
「ならばワシも出陣致そう。徳川に目にもの見せてくれる!」
城主、朝比奈泰朝だった。
「殿、殿は城に居て下され!」
「なに? ワシが出陣しては足手まといと申すか!」
「い、いえ、とんでもない。ただ殿の身に万一の事が有りますと。それに、守備の指揮は一体どなたが」
「俊永どの。城の指揮、よろしいか!?」
朝比奈俊永は黙って頷いた。
その日、夕暮れと同時に、燃え盛る炎のごとき軍団が掛川城を出撃した。




