水面下
「貴殿、北条の姫を守護していると申したな」
主水は服部半蔵と馬を並べて、掛川城に背を向け進んでいた。
半蔵の配下が四人、それに続く。
「いかにも左様」
「守兵達の士気が以前とはまるで違う。姫の力か?」
二人の間を、時折り暖かい風が通り過ぎる。
「ふっ、姫のお命を狙っても無駄だ。既に万全の備えを施してある。諦めるんだな」
「勘違いしている様だが、我らは暗殺などの姑息な手は使わぬ。ましてや女性に対して。家康様はそう言った事がお嫌いなのでな」
「ではどうする」
「力攻めで今川氏真を滅ぼす」
「氏真様か、あの方はただのお人好しな善人だ。取り巻きに操られて来ただけだ。見逃してくれたら嬉しい」
「甘いな。三河衆は主な人物が家族を人質に取られていた。そしてその多くが今川に処刑された。我々の恨みは深い」
「なるほど、では好きにするが良い。だが姫には指一本触れさせん」
「よかろう」
「で、恨みを晴らしたその後、貴殿たちはどうするのだ」
「その後・・・・・・」
半蔵は考えた事も無かった。
ただ、三河衆の総意で今を戦って来ただけだ。
「徳川殿が恨みを晴らしたいと申されておるのか」
そう言えば半蔵は、家康本人からそういった言葉を聞いた事がない。
「あの方は考え深いお方だ。我らにも底が見えん」
「お互い犠牲を増やすのも詰まらん。そろそろ手を打たぬか」
「ならば、今すぐ城を明け渡すのだな」
「城を明け渡す代わりに今川夫妻を見逃す。その辺りでどうだ?」
「馬鹿な。そのような事が出来るか!」
「北条が間に入ればできる、かも知れん」
「貴公に北条を動かす力があるとは思えん」
「それは否定せぬ」
主水は明るい笑顔を見せた。そして続けた。
「武田が遠江を狙っているのをご存知か?」
「・・・・・・貴殿も知っていたのか」
「このままだと共倒れだと思うが、いかがかな?」
「・・・・・・では聞くが、貴殿、どうやって北条を動かすつもりだ」
「我らの長を通じて打診してみよう。その後は直接話し合えばよい」
「うむ。ならば我らも家康様に具申してみよう。うまくいくとは思えんがな」
砦が近づいて来た。
「では」
主水は馬を操り城へ向きなおした。
「見送り、かたじけのうござった」
半蔵は手綱を握りしめた。
殺気に満ちた戦陣を、暖かい春の風が流れた。




