覇者の娘
「速やかに開城を求める」
服部半蔵は真正面から言った。
本丸の大広間である。
上座から朝比奈泰朝がにらみ付けていた。
ずらりと重臣たちが座っている。
「ふざけた事を申すの」
城主、朝比奈泰朝は怒りを抑え、言葉を返した。
(この城は遠からず落ちる。ワシは城内の様子を探りに来ただけだ。生きて戻って家康様に報告せねばならん)
半蔵は言葉を選んだ。
「貴殿らは既に充分戦われた。その武威は比類なき物でござる。開城されたとて、何ら恥ずべき事ではござらん」
「北条の四万がここへ向かっているのを知っておるか」
泰朝は、どうだとばかりに言った。主水のもたらした情報だ。
「知ってござる。薩多峠で武田に足止めされておるのをご存知か」
「なにっ、薩多峠だと!」
朝比奈の家臣達からざわめきが上がった。
昨年末、今川軍は数万の兵を率いてその場所で武田と対峙し、歴史的な惨敗を喫した。
(交渉は物別れだな)
もっとも半蔵は、はなから話しをまとめるつもりがない。
敵情視察が目的だからだ。
思惑通り、その後はただ並行線な話が続いた。
「思うがままに攻めてくるが良い。存分にお相手致そう」
最後に泰朝は、そう言った。
「承った。ところで退城に際して、どなたか途中までご同行願いたい」
「同行、何故だ?」
「背後から矢を射かけられては堪りませぬでな」
半蔵はニヤリとして言った。
朝比奈の重臣たちは思わぬ要求に言葉が出ないようだ。
「もし支障なければ、それがしが同行いたしまするが」
下座から主水が声を上げた。
「雨宮殿、何も貴殿が申し出なくとも・・・・・・」
隣に座っていた朝比奈の家臣が心配そうに言った。
「いや何、敵の様子を近くから見とうござってな」
(雨宮と言うのか、この男)
半蔵は主水の顔をちらりと見た。
「では」
半蔵は四人の配下を従え、先に外へ出た。
城兵の案内で本丸を出て、二ノ丸を通過中、半蔵は異様な光景を見た。
兵たちが口を一文字に結び、熱いまなざしで一点を見つめていたのだ。
(何なのだ!?)
半蔵は視線の先を追って右上を見た。
陽の光で影になっていて良く見えないが、女性が立っている。
(おそらく今川の奥方か。関東の覇者、北条の娘。気品に溢れている)
遠目に見ながらそう感じとった。
いくつかの影が女性を取り囲み、すぐに半蔵の視界から消えた。
(まさかっ!)
稲妻のように半蔵の脳裏を考えが駆け巡った。
(いや、あり得ん・・・・・・)
西門が見えてきた。
(たった一人の女性が、乱世の男たちの、その心根を変えるなどと!)
城門では雨宮と呼ばれた男が馬上で待機していた。
「では参ろう」
半蔵を促した。
姫は小春たちと一緒に徳川の使者を見ていた。
後ろには風魔党が控えている。
「奥方様、そろそろ戻りませぬと」
小春が促した。
「ええ、もうしばらく見送ってから」
姫は香鈴にならい、徳川の使者を「あかんべえ」で見送った。




