軍使
徳川から軍使が来た。
従者が背中に旗を背負っている。
旗には「五」の文字が大書きされていた。
「徳川から使いに参った! 服部半蔵と申す! 開門されたし!」
この人物は「鬼」と呼ばれ、味方からでさえ恐れられている。
風貌もその異名にふさわしい。
「帰れっ、この三河野郎が!」
城門の兵たちは矢を向けた。
半蔵はギロリと睨み返した。
その眼力に兵たちはたちまち威圧された。
「よ、よし、取り次いでやる。そこで待てっ」
かなり待たされた。
待たされている間、半蔵は、じっと城兵を観察していた。
(やはりおかしい。先日までと兵の士気がまるで違う・・・・・・)
この男は気を読む。
戦いの最果てに訪れるギリギリの境地では、それが勝敗を分かつ。
自らの体験で、それを知っているのだ。
(こやつらは、自分たちの意思で戦うようになった・・・・・・)
城兵たちの変貌に気付いたのは一昨日、金丸砦の攻防の三日後だ。
『徳川様、城兵の様子が何やらおかしゅうござる。軍使を送り込んで見極めるべきかと』
『ならばそなた、自らの目で見て来てくれぬか』
血縁を重んじる徳川軍にあって、この男もまた異端に近い。
ただ先代から三河に居ついていたので重臣たちとも古馴染である。
味方の信頼は厚い。
(ワシの報告一つで戦略が変わるな。心せねば)
「入れっ!」
城兵が噛みつくように言った。
城門が開き、半蔵はザブリと水没した道へ馬を乗り入れた。
四人の従者もそれに続く。
段差を登り、水から上がって城門をくぐった。
「来いっ、こっちだ!」
数十の城兵たちが槍を突き付け、案内した。
「おいっ、変な真似したら串刺しだからな!」
それには答えず半蔵は周囲を観察し続けた。
(無駄な私語を叩く者もおらず、毅然としておるな)
途中、食糧庫らしきものを見つけた。
城外から火矢を撃ちこんでも届かない位置にある。
三ノ丸の食糧庫は破壊したが、物資は分散して保管しているのだろう。
視線が四方から半蔵に突き刺さる。
(守兵たちの目つきが以前とは違う。自らの意思で戦う者の目だ。一体何があった?)
半蔵はふと左上を見上げた。
本丸の城壁の上に三人。
背の高い甲冑の男。
胴丸に鉢巻の若い女。
そして年老いた僧侶。
(老僧・・・・・・。あの夜、ワシを罵倒した者だ)
半蔵は声に出さずに話しかけた。
(風魔の者たち、何故今川に手を貸す?)
「おい主水、なんか言うとるぞ」
一貫が主水に声を掛けた。
(読唇術だな)
頷くと、声に出さずに返答した。
(我らは北条の姫を守護しているだけだ)
服部半蔵はそれには答えず、本丸に入って行った。




