潮流
湧谷右近の配下が一人、戻ってきた。
「主水よ、右近がお前に知らせろと言って俺を寄こした」
男はそう言った。
主水より少し年長である。
皆からは白狼と呼ばれている。
「途中で北条軍と出くわしてな。駿河の東半分は既に北条の物だ」
目つきの鋭い男である。
風魔では武闘派に属する。
「北条が。どれほどの人数だ」
「四万を超えている、かも知れん」
「四万、それはすごいな」
風魔の武闘派たちからは「近頃の四代目は手ぬるい」と言う声が挙がっている。
独立心の強い風魔党にあって、北条家に接近する小太郎に不満を持つ者が複数いるのだ。
小太郎とつながりの深い主水へも、勢い反感が生まれるものだが、この白狼は主水と仲が良かった。
「白狼、一人で戻ったのか。無事戻って来れて良かった」
「俺の身を心配してくれるのか。相変わらずいい奴だな。ところで大井川の上流を武田の別動隊が西へ向かっていたぞ」
「武田が、なぜ?」
「そこまでは分からん。北条が来たんで、遠江に狙いを変えたのかも知れん」
「それは厄介だな」
「俺は、徳川の連中に見つからんよう、迂回してきたんだが」
「迂回?」
「そう、情報収集を兼ねてな。今川に戻りたい者が思いのほか増えているのが分かった」
「そうなのか。先日の城方の戦い振りを見てか」
主水は日根野備中の顔を思い出した。
「どうやらそうらしい」
「どのような連中が?」
「原川城、堀川衆、久野一族、それに曳馬や伊井谷を脱出した連中だ」
曳馬の飯尾氏は既に徳川の軍門に下り、伊井谷は親徳川派が先日奪い取ったらしい。
今度は新野甚五郎を思い出した。
このまま籠城を続けていれば、反徳川の動きが更に大きくなるだろう。
「ならばそこそこの戦力だな」
「そういうことだ」
「なあ、白狼。城を明け渡す代わりに、今川夫妻を相模へお連れする。最近そんなことばかり考えているんだが」
「馬鹿な。お前の城ではあるまいに」
「それもそうなんだがな」
主水は姫の事を考えていた。
早く安全に場所お移しし、健やかに過ごしてほしい。
(あのお方に、血なまぐさい戦場は似合わない)
主水はそう思っていた。




