生かす者
今川居館の廊下を三人が走る。
物音ひとつ立てない。
「お初様っ!」
「あ、香鈴様、奥方様は見つかりましたか?」
お初が立ち上がろうとした。
「いいからいいから、そのままそのまま。大事な体でしょ、じっとして。見つかってないけど、居場所が分かったの」
「え、良かった!」
「でね、でね、酒が要るのよ、酒が!」
「お酒が?」
お初は意味が分からないと言う顔をしている。
銅馬と才可も一緒にいる。
「お初様、姫様の命令なんだ。酒を置いてる場所を教えて下さい」
「ええっと。廊下を出て、」
「お初様、どうぞお許し下さい」
銅馬はお初の膝裏と肩に手を廻し、抱きかかえた。
「案内して下さい」
「はい」
お初は驚いて赤面しながら、指を差した。
「お初様こっちね。銅馬、丁寧にお運びするのよ!」
「はい」
「この部屋です」
「あったぁ。酒だわ酒!」
物置に酒壺が十ほど並んでいた。
「才可、これ全部持って行くのよ!」
「え、全部!?」
「余ったら返せばいいのよ。さあ才可、急いで!」
雨脚が少し緩んだようだ。
ポツリポツリと屋根を打つ音が、優しく響く。
銅馬はお初を抱きかかえ、元の部屋に戻っていた。
「すいません、お初様。うちの女大将がせっかちなものですから」
「いえ、いいんです。お役に立てて」
不意に、お初の目から涙がこぼれた。
「お初様? どこかお体の具合でも?」
言いながらそっとお初を降ろした。
「いえ、なんでもないんです・・・・・・。香鈴様がうらやましくて」
「銅馬ぁ!」
香鈴の声が響いた。
「手伝ってぇ、二人じゃ運べないよぉ」
「はぁい、すぐ行きまぁす。ではお初様、どうぞお体お大事に」
銅馬はにこりとして、部屋を去った。
お初はなぜか切ない気持ちに包まれた。
玄関では先ほどの男が待機していた。
次々運ばれてくる酒壺に目を丸くしている。
「え、こんなに!?」
「あーっ、それは余の酒ではないか! どこへ持って行く気じゃ!?」
氏真の声が響いた。
それには構わず四人は酒壺を抱えて、姫の元へ急いだ。
兵士詰所に着いたら、既に一貫が来ていた。
「しーっ、静かに入るのじゃ」
そっと中を覗くと、疲れながらも必死に負傷者を看護する姫の姿があった。
小春も一緒だった。
中の人々はもう、この女性が誰なのか薄々気付いているみたいだ。
雨が上がり、雲の間から薄日が差している。




