首領
「こちらは風魔出羽守の身内、香鈴にてござりまする」
主水は深々とお辞儀した。
頭を上げると、門番の顔が赤い。どぎまぎしているように見える。
(はて?)
門番の視線を追うと、はにかんでうつむいている香鈴がいた。
なぜか主水はどきりとした。
「よ、よし、通っていいぞ」
門番の声の調子がさっきと全然違う。二人は会釈して通りすぎた。
「忍法お色気の術か」
「ん、なに?」
何事もなかったように、香鈴は主水に付いていった。
城域に八幡山と呼ばれる小山がある。その足下の庵に小太郎は起居していた。
「主水か、入れ」中から声がした。
玄関をくぐり、ふすまを開けると巨体の男が座っていた。
四代目風魔小太郎、香鈴の父である。
牙が四本生えているとか、様々な噂があるが、普通の「人」である。
「二人ともご苦労。香鈴はここは初めてであったな」
「ここは狭いが、結構居心地が良くてな」
「茶の湯の手ほどきを受けたのだが、あれは中々良いものだ」
こちらに移ってから、小太郎はよく喋るようになった。香鈴が聞いてみたかった事も話してくれた。里を出てここに移った理由だ。
「氏康様の方針でな。他家の手前、風魔も人質を寄越せとうるさくてな。そなたの母御を行かせようとしたのだが、どうしても首を縦に振りおらん。もう面倒だからワシが来たのよ」
「断れなかったの」
「相模に居ては北条をないがしろにできんからな。何なら香鈴、おぬし代わりにここにおるか」
「人質なんて絶対いや」
「ふっふ、だからワシがここにおるのだ。もっとも人質と言っても形だけだがな。まぁ良いわ。主水から説明は受けておるか」
「おやじどの、すいません、急だったものでまだ詳しくは」
「そうか、どこまで聞いておる」
「遠州の掛川ってとこに行くんでしょ」
「そうだ。何しに行くか聞いておるか」
「さあ」
「北条の姫を小田原までお連れするのだ」
「ああ、今川家に嫁いだ」
「そうだ。父君である北条の殿さまからの直々の依頼だ。滅多にないことだ。お待たせしてはいかん。そろそろ行こう」
「えっ、どこへ」
「殿さまのところだ。と言っても隠居されておる方だがな」
「ええっ、今から、この服で」
「ワシら相州乱波は服など二の次でよい」
「いやいや、ダメダメ、駆け通してきたからどろどろだし、こんなの着ていったら、北条のお殿様に失礼だし、(若い侍達に白い目で見られたら困るし、)風魔党が見下されたら、もっと嫌だし」
「ふむ、では男物しかないが良いか」
(この際仕方がないか)
「わかった。それに着替える」
「では外で待っておるぞ。急いでな」
(お殿様ってどんな人なんだろう)
香鈴はあれこれ想像しながら着替え始めた。