裸の太守
徳川軍が城を四方から包囲し続けている。
総大将、徳川家康と主力の一部が消えていた。
浜松に戻ったのだろう。
残った三河衆が合議で指揮をとっているようだ。
「城内の混乱が収まって来たから、そろそろ本丸へ挨拶に行こう」
主水と一貫、湧谷右近とその配下は一斉に腰を上げた。
城内に不審者が紛れ込んでもすぐ分かるよう、新規に入城した者は届け出が義務付けられている。
本丸の事務所で新たに十一人を登録した。
こうすることで戦死者の数を把握する事もできる。
死んだ者の名前の上には朱墨で細い一本の線が引かれている。
福島六左衛門の名前もあった。
同じように朱墨が引かれていた。
「では、姫のところへ挨拶に行こう」
主水は沈痛そうに言った。
今川居館の姫の部屋には今川氏真も居た。
青ざめた顔をしている。
「大勢で押しかけて恐縮でござる。新たに人が増え申したので、ご挨拶に」
「おお、おお、相模の者共、北条が手を貸してくれるとはまことか」
姫ではなく、氏真が声を掛けた。
(何の事だ? この間、小倉且久が却下したではないか?)
「小倉から聞いたぞ。そなたに書状を託せば、北条が助けに来てくれるはずだと」
姫は複雑そうな表情で黙っている。
(なるほど、そういうことか)
主水は右近と顔を見合わせ、頷いた。
「我が北条家は今川家を見捨てませぬ。必ずや書状をお届けいたします」
そこへ小倉且久が入って来た。
「御屋形様、書状を作成いたしました。こちらに花押を」
(この男、よくもまあ抜け抜けと・・・・・・)
小倉は主水と目を合わそうとしない。
ここまで来ると、主水は腹も立たない。
「うむ、寄越せ」
小倉から書状を受け取ると、氏真はサラサラと筆を走らせた。
(優れた筆遣いじゃのう)
一貫は感心していた。
「書いたぞ、これで良いか。」
小倉は、うやうやしく押し頂くと、丁寧に折りたたんで更に別の和紙に包んだ。
主水に渡すとき、こう言った。
「良いか、夢にもおろそかにしてはならぬぞ。駿河守護職様の書状であることを忘れるな。」
「はっ」
主水はイラッとしながら、うやうやしく受け取った。
「さて駿河守様、僭越ではございますが、拙僧からお見舞いを」
一貫は懐から短冊を取り出した。
短歌が書かれているようだ。
「おお御坊、そなたは歌が詠めるのか!」
「いえいえ、駿河守様の御前でお恥ずかしい。ほんの少々たしなむ程度でございます」
「なんのなんの、季語の扱いなど中々うまいではないか」
氏真は急に明るさを取り戻した。
百年の知己を得たかのようだ。
僧侶ということで小倉も特に警戒していない様子だ。
一貫を残して、皆居館を出た。




