雨宮主水
朝焼けの街道を、二つの影が移動していた。
「香鈴、ご苦労だったな。大成功だったそうじゃないか」
この男は雨宮主水と呼ばれている。黄金丸と同じく、四人いる指揮官の一人だ。風魔ではその四人を四天王と呼んでいる。
「ところで主水、どこへ行くの。こっちへ行くと小田原だけど」
香鈴は横を見上げながら尋ねた。
「そうだ、小太郎のおやじンところへ行く。」
整った顔つきの長身の男だ。
「父御のところへ何しに」
「うん、そうだな・・・・・・」
主水はあまり話したくないようだった。うかつな事を言ってへそでも曲げられたら、後が面倒だからだ。
(小太郎のおやじから直接言ってもらおう)
「話は変わるけど、何かいい戦利品手に入ったかい」
「勝手に話しを変えないでちょうだい」
香鈴は主水と兄妹のように育ったせいか、こんなときは容赦がない。
「まさか結婚話しじゃないでしょうね」
「あ、それも小太郎のおやじが気にしていたぞ。お前もう十七だろ。一体どんな相手だったら、首を縦に振るつもりだ」
「前から言ってるけど、あたしは侍と結婚したいの」
「そうだったな。侍だったらどんなのでもいいのか」
「まさか。まず美男子限定。それから強くて背が高くて、そこそこ身分の高い侍がいいな」
「おいおい、本気で言ってるのか」
「理想は高い方がいいでしょ」
「でもそんな侍だったら、いっぱい側室を持つんじゃないか」
「そんなことしたら絶対ゆるさない。殺すかも」
「やれやれ、香鈴と結婚したらいつ寝首をかかれるか分からんな。しかし風魔の男も悪くないぞ」
「主水はどんな女と結婚したいのさ」
「俺は今それどころではない。掛川までどうやって行こうかで、頭が一杯なんだ」
「え、掛川に行くの。あたし」
主水はしまったという顔をした。なにせ風魔小太郎の娘である。へそを曲げたら主水の手に負えないのだ。
だが香鈴はそのような素振りを見せなかった。
小田原城がだいぶ近づいてきた。そこいら中で大規模な土木工事が行われている。
以前、越後上杉の大軍勢に包囲されたときの反省から、城下町を堀ですっぽり包んでしまおうと言う事らしい。
いつ完成するのか、香鈴には想像もつかない。
城下町を通り過ぎ、大手門にたどり着いた。開いた門の両脇に二人の門番が立っている。
「ご苦労に存じる。風魔出羽守の配下、雨宮主水にござる」
それに対して若い門番は見下すようにあごをしゃくった。
通っていいという事らしい。
「おい、なんだ、その女は」
門をくぐりかけた二人に、さっきの門番が怒鳴りつけるように声を掛けた。
香鈴を睨みつけている。
武田との緊張感が高まって以来、見知らぬ顔の入城には神経質になっている。
女でも容赦ないらしい。
(小田原城では事を荒げるな)
風魔小太郎の言葉を主水は思い出した。