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戸惑い

 霧が晴れると徳川軍が一気に城に詰め寄ってきた。


 先陣は幟の模様から遠江衆だとわかる。

 その後ろに徳川の直属部隊が目を光らせている。

 本当に徳川に味方する気が有るのかどうか、厳しく試しているのだろう。

 戦意を見せなければ、背後から襲い掛かるぞ。

 そう脅かしているのが遠くから見ていてよく分かる。


 次々集まって来る情報を、主水は本営の隅でじっと聞いていた。


 本営には甲冑姿の家臣たちが数名集まっていた。

 城主の朝比奈泰朝とその叔父、朝比奈俊永が報告を受けている。


「それならば、天王山にいる別働部隊を城へ呼び戻そう」と言う雰囲気になってきていた。

「敵兵が予想をはるかに上回る大軍なので、一つにまとまって戦うべきだ。このままだと各個撃破されかねない」と言う事だ。


「夜になって敵の攻撃がひと段落したら、城に誘導いたしましょうか」

「うむ。しかし、ただ帰って来るだけでは物足りん。陽が落ちると同時に一撃を加えて城へ撤退だ。よろしいかな、泰朝殿」

「うむ、そうしてくれ」

「城からも援護の為に出撃する。急ぎ伝令を走らせてくれ。敵に見つからんようにな。それと、城内の各部隊へも今の話しを伝えて廻るように」


 伝令の侍が厳しい顔つきで飛び込んで来た。

「殿! 敵の先陣が、いよいよ城に取付きました!」

「ほう、ではワシも少し見に行くか」


 主水の出番はない様だ。城主に一礼して、本営を出た。

 本丸西の崖際に立った。敵の様子が多少見える。


「雨宮殿」

 声の主は新野甚五郎だった。

「新野殿か。いかがなされた」

「先日の軍議以来、すっかり干されてしまいましてな。やる事がござらん」


 あのとき、この男はなぜあのような事を言ったのだろう。

 敵を恐れての事なのか。それとも 徳川軍の動きを予見して言ったのか、主水は聞いてみたくなった


「徳川はよくこれだけの兵を集めたものですな」

「敵ながら大したものです。我が伊井谷も徳川に付きたがる者が大勢いて、揉めてござる」

「なぜ徳川に付きたがるのでござろうか」

「味方になれば本領安堵。口だけでなく確実に実行してござる。残念ながら今、遠江は徳川の支配下でござる」

「伊井谷は小野道好どのが取り仕切っておられるとか」


 六年前、伊井家の当主、直親が二十七歳の若さで殺害される事件があった。

 小野が事件に深く関わっている事を知りながら主水はわざと聞いてみた。

 新野の端正な顔が微妙にゆがんだ。


「じき、それも終わるでござろう」

 何か複雑な状況にあるらしい。

(これ以上、この話はよそう)

 先方から話したくなるまで待つのが賢明だ。


「雨宮殿、遠江衆の大多数が今や徳川に味方してござる。だが、連中が束になって掛ってきても、た易くこの城は落ち申さぬ」


 新野は西を指さして言った。

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