佞臣
舞台が終わった。
一人二人とまた、いつもの場所に戻ろうとしている。
小倉且久は舞台に背を向け立ち去ろうとしていた。
主水は人の流れに逆らい、追いついた。
「小倉様」
「ん、今川家重臣筆頭であるこのワシへ、なんの用じゃ」
「改めて、明けましておめでとうござりまする」
「あいさつならば、先日、新年の互礼会で行ったであろう」
「実は折り入ってご相談したき事が」
「ワシは今忙しい」
主水は紙に包まれた、握りこぶし大の何かを小倉の懐にねじ込んだ。
「よかろう、付いて参れ」
小倉且久に伴われ、今川居館の一室に入った。
「しばらくここで待っておれ」
小倉の居室のようだ。側近として主従起居を共にしているらしい。
(肩身が狭そうだな)
話し声が聞こえてくる。
(小倉様と氏真様の声だ)
主水は懐から金属製のお椀のような物を取り出した。お椀と違って丸みがなく、底が抜けている。それをそっとふすまに当て、その上に耳を置いた。
(少しは聞こえるな)
「こ奴めが恐れ多くも御屋形様に盾突く所存に」
「ほお、またか。皆おかしいのお。遠江の衆は上下の区別が分からんのかの」
「この者には処罰が必要です」
「処罰とな。またか」
「はい、今川家の威信を維持する為に、避けては通れませぬ。どうか御屋形様の力を見せ付けて下さいませ」
「今度は誰にやらせるのかの。」
「はい、今回は伊井谷を支配しております小野道好に命じまする」
「そうか、それじゃまた任せるとしよう。ここに花押したら良いか」
「ははっ、ありがたき幸せ」
「書いたぞ、これで良いか。早く駿河に戻ってまた風流な暮らしをしたいのぉ」
文面をろくに確認もせず、命令書に署名しているらしい。
数年前に、ここ掛川の城主が兵を率い、遠江の有力者、伊井直親を殺害している。
そのときも、このような形で命令したのだろう。
(処罰と言う名の処刑か。自分の手足を切り落としていくようなもんだな。朝比奈の衆はこの実態を知っているのだろうか)
今川家の長、と言うだけで固く忠誠心を崩さない。それは、主水には理解できないことだ。主水だけではない。風魔の人間はみんなそうだろう。
声が途切れた。話が終わったようだ。足音が近づいてくる。
主水は居住まいを正した。




