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風魔の音曲

 とうとう掛川で越年した。


 風魔党はささやかな新年の行事を行い、順に城の内外へあいさつ回りに出かけた。

 世間話でもすれば貴重な情報を得られるかも知れない。

 このような地味な活動が、主水の仕事の成否を分ける。

 主水は八弥と、武家出身の佐太郎を伴った。

 佐太郎がどのような経緯で風魔の里に来たのかは主水以外知らない。

 香鈴は姫のところへ行ったきり帰ってこない。

 残りの者は、朝比奈軍の若衆のところを挨拶しに回っている。


「六左衛門どの、昨年は大変お世話になり申した」

「なんのなんの、こちらこそ誠にお世話になり申した。いや、良く来て下された。ささ、お上がり下され」


 福島六左衛門の家は城下町にある。

 重臣の住む町は城の東に有り、今回の被害は少なかった。

 離れには避難してきた町人が数名いるが、遠慮して静かにしている。

 普段は住込みの家来が大勢いるようだが、今日は閑散としており、来客が嬉しかったようだ。


「雨宮どの、ワシにも貴殿より少々年かさの倅がおっての」


 八年前の桶狭間の戦いで死んだらしい。

 朝比奈軍本隊とは別に行動しており、義元公の近くに居たため織田軍との乱戦に巻き込まれたのという。妻もほどなく亡くなったそうだ。


「生きておればワシにも孫がおったかも知れん」

 主水たちは黙って聞いていた。

「いや相すまぬ、新年早々辛気臭くてならんわ。さてさて実は大事な伝言がござっての。本来ならこちらから出向くのが筋なのじゃが」


 それによると、先日今川氏真に披露した音曲を、今度は朝比奈泰朝が所望しているらしい。

(なんだよ、漏れてるじゃんか)

 八弥は思った。


「いやいや、ですが時期も時期、身内を失った方も大勢おられる中で、ちと如何なものかと」


 新年の行事であれば氏真も臨席するかも知れない。新年早々顔を合わせたくなかったのも少しあり、主水は丁重にお断りした。

 ところが翌日、城主の叔父、朝比奈俊永が訪ねて来た。


「家臣一同を慰労する為、ご迷惑は重々承知の上」と頭を下げられたら断れない。

「俊永様直々のご依頼でしたら断われませぬ。ならば僭越ではござるが」渋々引き受けた。

 

 本丸広場には、簡素な舞台が設えられていた。


 前々日から予告していた為、大勢人が集まっている。氏真の姿はなかった。

 先日と同じく、小鼓、笛、合いの手、虫の音、と淡々と演じ、最後に、「昨年のいくさで亡くなられたご家中の皆さま方に、北条を代表してお悔やみ申し上げまする」

 全員一列に並んで正座して手を前に付き、深々とお辞儀をした。


 涙を流している者が数名いた。誰一人帰ろうとしない。もっと見たいということらしい。

(どうする、虫丸)


 するとその時、「おおっ」と歓声が上がった。

 香鈴を先頭にお初、小春が舞台に上がったのだ。

 三人とも華やかな衣装、そして両手に鈴を持っている。

(伴奏頼むわよ)香鈴が言った。


 三人は観衆に一礼して、舞い始めた。

 舞いに合わせて、頼斗が笛を吹きはじめる。


(主水さん、これたぶん八幡宮の巫女舞いっすよ)

(本当か。そういえば香鈴、鎌倉に行ったとき熱心に見てたな)


 主水は周囲を見渡した。

 小倉且久がいた。

 舞台を見ずに聴衆を見ている。

 

 朝比奈の家中を監視しているかの様に主水の目には映った。

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