流浪の貴人
風魔の男たちは外出していた。
戦後処理の手伝いである。
部屋には主水と才可、一足先に戻っていた銅馬の三人がいた。
才可はまだ回復していない。部屋の隅で寝ている。
銅馬は読唇術を得意とする。口の動きで言葉が解るのだ。
遠く離れた位置から会話を読み取ってしまう。
それによると、姫は相模へ避難する事を考えていると言う。
「それはない、絶対ない。あのわがまま姫に限って、あり得ない」
「何があった、香鈴」
香鈴は一部始終を話した。
「それは香鈴さん、姫の本心じゃないと思いますよ」
「なんで銅馬、そんな事言えるのよ」
銅馬は話し始めた。
兵に交じって城内の片付けをしている時に、偶然姫がお初と小春と話しているところを見たのだと言う。
城壁の手前で三人しかいなかった為、安心していたのだろう。
今川家の再興は難しい事。
大名家から転落しても今川家の血筋は守る事。
いざという時は恥を忍んで実家である北条家を頼り、氏真を守る事。
そしてこれらの事は誰にも絶対言わない事。
「なんで言ってくれなかったんだろう」
「恐らく本心が漏れたら、固く忠誠を誓っている者たちにまで、見放されるからでしょう」
「うーん、疑う訳じゃないけど、なんだか信じられないのよね」
そこへ虫丸が戻ってきた。
「あんた遅いわね。あたしもう、みんなに話し終わったわよ」
「ええ、すいません。虫の音やってたら変な人が来て。ずっと相手してたんすけどね、中々帰してくれなかったんっすよ」
「そんな酔っ払いの相手してる暇ないのよ、あたしたちはっ。成功報酬がかかっているのよ、成功報酬が!」
「ちょっと待て香鈴。虫丸よ、今川家の館に変な酔っ払いがいると思うか」
「さあ」
「虫丸、その人、眉毛はどんなだった」
「変でしたよ。主水さん」
「そうじゃなくて。有ったのか、無かったのか」
「無かったっす。その代り、額の左右に太い眉毛を墨書きしてましたよ。あれ引き眉っていうんでしょ。全然似合ってないから、笑っちゃいそうっしたよ」
「やっぱりそうだ。そのお方、今川氏真公だ」
「まさか。そんな風には見えなかったすけどね」
「何か話さなかったか」
主水は竹筒の水でゴクリと喉を潤わしながら尋ねた。
「物凄くよくしゃべる人で、途中からあまり聞いてなかったんすが、和歌とか蹴鞠とか、俺たちの知らない事を、ずっと話してたっす」
「他には?」
「おなごの話もしてたっすよ。香鈴さんの事も知ってたみたいで、夜這いしたいって言ってましたっす」
「ぶっ!」
主水は派手に噴いた。才可の肩がぴくりと動いた。
「なんで噴くのよ」
笹助たちが戻ってきた。




