風魔の流儀
風魔は集団攪乱戦法を得意とする。
そして今夜のように月のない夜は、手練れた技を披露する絶好の機会でもある。
技、それは奪い、盗む事である。
「おい、おれの刀が無いぞ、知らないか」
刀を盗むという事は、侍を狼狽させるのに充分な効果がある。
「知るか、それより早く逃げろ! 北条の大軍が来るぞ!」
北条の大軍などは来ない。百人の北条正規軍が付近に待機しているだけである。やがて武田軍もそれに気づいて態勢を立て直すだろう。
火勢は一段と強い。
「そろそろ潮時だ、引き上げるぞ」
風魔の指揮官が声を上げた。
筋骨隆々の男である。鷹を思わせる鋭い目。黄金色の髪を風になびかせている。
「半数はもう脱出しました、黄金丸さん」
黄金丸と言うらしい。髪の色から採ったのだろう。
「わかった。で、どうだ戦利品は。鉄砲はあったか」
「何丁か奪ったみたいです」
「よし、北条に高く買い取ってもらおう。小太郎のおやじに喜んでもらえる」
小太郎というのは相州乱波の首領、風魔小太郎の事に違いない。
「香鈴はどうした」
「あそこにいます」
「香鈴、早う脱出するぞ」
「ちょっと待って、火薬庫を見つけたからっ」
三歩ほど素早く移動し、半弓を構えると同時に香鈴は火矢を打ち込んだ。
ボッと火の手が上がったかと思うと、ドーンと爆発が起こった。
爆風は土砂を舞い上げ、風魔党の頭へ降り注いだ。
燃え盛る炎の中、右往左往する甲州兵を横目に、香鈴たちは冷たい闇の中へ舞い戻った。
「香鈴、やり過ぎだ」
そう言いながらも、黄金丸は笑いを隠し切れないようだ。
「ところでお前ら、馬の方はどうだ」
振り返りながら叫んだ。
「おう、全部失敬したぜ」
闇の中から返事がする。
「よし、でかした。人の方はどうだ」
「はっ、足軽を二人」
「逃がさないよう、しっかり縛りあげて来い。急ぐぞ」
炎が小さくなっていく。二度目の爆発が起こった。今度は爆音が小さく感じられた。
「全員揃っているか」
移動しながら、黄金丸は尋ねた。
「大丈夫です」
「けが人は」
「子安がやけどしたようです」
「自分で火をつけて、自分でやけどしたのか」
ドッ、と集団から笑いが起こった。
香鈴も可笑しそうに 声をあげながら、捕虜の足軽をちらり横目に見た。
縛られたまま戦利品の馬に綱で引きずられている。
「到着前に死んでしまわないかしら」
集団は、人里離れた寂しい谷間を進み、崩れかかった寺にたどり着いた。
風魔の隠れ家らしい。
相変わらず闇が濃い。