最後の砦
「して、なぜ我らに刃が向けられるのか、とんと合点が行きませぬが」
主水は目の前の男にそう言った。
抜き身を構えた兵たちに、囲まれている。
ここは朝比奈家の城、掛川城である。
今川家にとって最後の砦とも言える。
この男、城主、朝比奈泰朝と名乗ったが、融通の利かなさそうな男だ。
主水の目にはそう映った。
年の頃は三十位であろうか。
掛川城の一角、家臣たちが会議をするのに使うらしい大広間に居る。
香鈴もいる。八弥もいる。皆集まって座らされていた。
才可は冷たい汗をかきながら笹助に支えられている。
「北条からの使いと言ったな」
「いかにも。雨宮主水と申しまする」
「弟を助けてくれた事には礼を言う」
あ、あの人、城主の弟さんだったんだ。
香鈴は自分が助けようとした若武者を思い出した。無事だろうか。
「して、用向きは先ほど言った通りで間違いないのだな」
「いかにも左様にござります」
朝比奈泰朝は家臣たちと顔を見合わせ、複雑な表情を見せた。
「今川氏真様の奥方様を相模に連れ帰ると言ったな。それは、北条は今川と手を切る。と言う事だが、そういう事なのか」
風魔党はこういう、外交や政治的な事には無頓着である。
「それがし、北条家の意向を申し伝えたまで」
「おのれっ、武田のみならず北条までも我が主家をないがしろにしおって!」
「殿、こやつら、まこと北条の使者でありましょうか。もしや武田の廻し者かも知れませぬぞ」
「いかにも。おい貴様ら、本当に北条の使者なのか。なにか証拠はあるのか」
「証拠はござるが、我が北条の姫君に直接お見せいたす。貴殿らにはお見せできぬ」
朝比奈泰朝は血走った目を見開き、刀に手を掛けた。
家臣たちも一斉に刀に手を掛けた。
風魔たちも一斉に膝を立てた。
皆、右手を懐に入れている。
その時だった。
「お待ちなさい」
りんとした女性の声が響いた。
気品に満ちた女性。
二人の侍女を引き連れ、大広間に入ってきた。
「小田原からの使者なのですね」
誰この人、結構美人! 緊迫の中、香鈴は思った。
朝比奈泰朝をはじめ、家臣団は皆、声の主に頭を下げた。
姫君だな……。
主水は首の後ろに手を回し、うしろ襟を引き裂いて油紙を取り出した。
中には手紙が入っている。
朝比奈の家臣へ手渡し、更に城主の手から姫に渡った。
読み始める。
少し顔をゆがませた事に香鈴は気づいた。
なんでだろう。
「我が父、北条氏康の手紙に間違いありません」
風魔党から安堵のため息が起こった。
しかし、次に耳を疑う言葉が飛び出した。
「わたくしは、相模には、戻りません」
風魔党から、今度は驚きの声が上がった。




