入城
「ねえ主水、いい事したら気分がいいね」
「うるせえ、お前も才可もろくなもんじゃねえ」
霧が晴れてきた。小笠山から掛川城がよく見える。徳川の方に目をやると、まだ混乱が収まっていないようだった。
(さてどうやって城に入るか)
にわかに鬨の声が上がった。城からだ。見ると、今まで固く閉ざされていた城門が全開し、城兵たちが怒涛の勢いで出撃していた。
先頭は派手な甲冑を着た騎馬武者だ。城下町を焼かれた鬱憤を晴らすかの様に、徳川に襲い掛かった。
激しく押していく。徳川の兵たちは次々と倒れていった。
よし、この混乱に乗じて入城しよう。
「みんな、山を下りて城に入るぞ」
「おう!」
一斉に白装束を脱ぎ捨てた。
全力で走る。平地に出た。左を見ると、徳川軍が浜松へ向かって壊走しているのが見えた。今川の兵たちが、いくつかの塊になって戻り始めていた。
川を渡り、さらに走る。城門が見えてきた。
背後で喚声がする。
(なんだ?)主水は振り返っった。
戦慄が走っていた。
徳川軍に恐るべき男がいるのだ。その男を中心に、壊走した徳川軍の一部が態勢を立て直し、逆襲に打って出はじめている。
鹿の角の兜を被った大柄な武者。馬も相当大きい。巨大な槍を振り回し今川の兵を次々と血祭りにあげている。槍を一振りするたびに、鮮血が噴き上がった。
九人の風魔たちは城門近くまで辿り着いていた。
若い騎馬武者が逃げ遅れている。背中に無数の矢が突き刺さっていた。徳川軍に狙い撃ちにされたのだろう、馬に突っ伏せっている。馬の口を取っている年配の武者が必死に叫んでいる。
「若っ、気を確かに! もう少しですぞ!」
鹿の角の武者が目を付けたようだ。向かってくる。
(早く逃げろ)
主水がそう思った瞬間、若武者は落馬した。老武者が必死に抱え起こす。若武者の腕を肩に回し、しわだらけの顔を紅潮させこちらに向かって走る。その後ろを徳川に鹿の角の武者が迫った。
(駄目だ、もう間に合わん)
そう思ったのと、香鈴が飛び出したのがほぼ同時だった。主水も慌てて飛び出した。他の風魔たちも後に続いた。
香鈴は靭を背負ったまま若い武者に駆け寄り反対の腕を肩に回して老武者と二人で若武者を引きずった。
「香鈴っ、代われ!」
主水が叫ぶ。
笹助たち七人の風魔は鹿の角の武者に立ち塞がった。それぞれ手裏剣を手にしている。
だが、甲冑をまとった武者に手裏剣は役に立たない。
(霧の中で奪った刀を持って来れば良かった)
主水はそう思った。そうすれば何人かは生き残っただろう。香鈴は半弓を構えているがこれも全く通用しないだろう。
(思わぬところで死ぬもんだな)
主水の心は何故か静まった。
と、その瞬間、「ドンッ!」何かが炸裂する音が響いた。
鹿の角の武者が乗っている馬が後ろ足で立ち上がり、後方へひっくり返った。
「才可!」
「才可じゃないか!」
「お前っ!」
才可の投げた炸裂玉だった。肩で大きく息をしている。目がうつろだ。
倒れた。
「おい才可っ、しっかりしろ!」
笹助たちは才可を担ぎ上げ、全力で城門をくぐった。
「閉めろぉ、急げぇ!」城兵たちの声が響いた。
城門が閉まった。




