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死と念仏

 小笠山である。


 木の枝から足軽風の男が吊り下げられている。逆さになった男の目の前に雨宮主水の顔があった。

 ただし、白い覆面で素顔は見えない。


「もう一度聞く。兵の人数は。大将の名は。徳川本人は来ているのか」

「誰が言うものか。言ったら殺すつもりだろう」

「言わなくても殺す」

 主水は冷たく言い放った。


 澄んだ青空を渡り鳥の群れが横切って行く。 


「……くっ。なら、なら早く殺せ!」

「言えばすぐ楽にしてやる。言わなければ時間をかけて苦しみながら死んでもらう」

「くそぉ、ひどい奴だ。なら言ってやるっ。大将は石川って奴だ。徳川本人は来ちゃいねえ。人数は分からん。多分三千人くらいだ。どうだ言ったぞ。さあ殺せっ、畜生!」

「何か言い残す事はあるか」

「うるせえっ、徳川も今川もみんな死んじまえ!」


 主水は刀を抜いた。


「南無阿弥陀仏、成仏いたせ」


 男はあきらめたようだ。目をつぶって体を固くしている。

 抜いた刀を構えた。


「ちょっと待ったぁ!」


 香鈴の声が響いた。


「ちゃんと言ってくれたんだから、殺す事ないでしょっ!」

「おいおいおい、今いくさの最中なんだぞ。殺さないと殺されるんだぞ」

「そんなことないさ! だってこの人武器持ってないじゃない!!」


 笹助や八弥たちは奪ったものを隠すため適当な場所を探しに行っている。ここには三人しかいない。

 宙吊りの男は目を丸くして白ずくめの二人の会話を聞いている。


「そういう問題ではないだろう、これはけじめなんだぞ」

「何のけじめ? 抵抗できないようにしておいて一方的に殺すのがけじめなの!?」


 主水は、昔から風魔で行われて来ている、捕虜を虐待する行為を思い出した。何度か参加した事があるが、実はそういった事が好きではない。しかし今は仕事だ。割り切らねば。


「いや、だからと言って助けたら、俺たちの事をしゃべるぞ。いいのか」

「あんた! 助けたら私たちの事しゃべらないって、約束できる!?」


 男は宙吊りにされながら激しく何度もうなずいた。


「お前、生まれはどこだ」

 言葉の響きから、主水はさっきから気になっていた事を尋ねた。


「は、箱根だ」

「えっ、箱根っ!」二人は同時に声を上げた。


「ならば相模の人間ではないか。なぜ徳川の陣にいる」


 男は宙吊りにされながら話し始めた。幼い頃父親に連れられて曳馬、今の浜松に移った事。ときどき大きな男がやってきて何か難しい話しをしていた事。男の名は小太郎と言う事。曳馬に定住して百姓を始めた事。数年前病気で父を亡くすとき、相模の地で死にたがっていた事。死んでから数日後、その小太郎が来て墓前で涙を流していた事。そして徳川軍がやってきて、無理やりいくさに駆り出された事。などを。


(お、おい、香鈴、こいつのおやじ、俺たちの先輩じゃないか)

(そ、そうね。世の中って狭いわね)


 縄を解いた。


「あなた様は観音様の化身に違いねえ」

 男は白装束の香鈴を拝んでそう言った。


 父の名は強羅新八。自分は新九郎。そう告げて、去って行った。

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