異変
香鈴は寒さで目を醒ました。
星空である。
風が身を切るように冷たい。
帆を膨らませ、船は順調に西へ進んでいるようだ。
大量の綿布が積んである。商いの品だ。皆それを借りて、寒さをしのいでいた。
舎利奈とその配下の者たちは働き続けている。
主水も目を醒ましていた。香鈴と目が合うと、横に来て腰を下ろした。
「どうだ、よく寝むれたか」
「まあまあ。ところで主水さぁ」
香鈴は言いながら立ち上がり、干していた着物に手を伸ばした。
「ん、何だ?」
「姫様に会ったら、『姫君』って呼ぶのと、『奥方様』って呼ぶのとどっちがいいと思う?」
「うん、俺たちは、北条側の人間だから『姫君』かな。ま、どっちでもいいんじゃないか」
「どっちでもってあんたねえ、呼ばれる側の身にもなってみなよ」
寝不足で機嫌が悪い。
「どうしたんだ、香鈴。じゃ、お前が決めてくれよ」
「これだから、風魔の男はだめね。そんなだからあんた、中々お嫁が来てくれないんだよ」
「お前に言われたくねえし。どうなんだ、風魔の男じゃ駄目なのか。俺だって少しはいい男だろ」
「駄目だめ、あんたはあたしのお兄ちゃん。全ッ然対象外」
まとっていた綿布を下ろした。闇の中に香鈴の白い裸体が浮かぶ。
主水はそっと目をそらした。
舎利奈たちの操作で、船の向きが変わった。
「主水ぉ、もうすぐ陸だぞ」
「ずいぶん早いな、舎利奈」
「風向きが良かったからな。香鈴ともじきお別れだな」
「ねえ、舎利奈」
香鈴は帯を締めながら尋ねた。
「なんだ」
「なんでもっと早く来てくれなかったのよ」
矛先が舎利奈に変わったようだ。
「おいおい、これでもかなり早く着いた方だぞ。褒めて欲しいくらいだ」
「ねえ、舎利奈」
「なんだよ」
「掛川ってどんなとこ?」
「便利なところだな。小田原ほどじゃないが結構栄えてるぞ。うまい物も沢山ある」
「ふーん」
星空の下に漆黒の山々が連なっている。主水は何かに気付いた。
「舎利奈、陸が見えてきたけど様子が変だ」
はるか遠く、山と山の間の空が赤く染まっている。風魔の者たちは(あれは放火だ)とすぐ分かる。
「方角から掛川城の辺りだな。舎利奈はどう見る」
「軍勢が掛川城を包囲しているに違いない。徳川の連中だな。こんなに早く来るとは」
「この前浜松の城を落としたばかりだろ。いくさ狂か、奴らは」
「どうする、主水」
「行くしかあるまい」
黒い大地が徐々に大きくなってきた。風魔の四天王、海の舎利奈はまっすぐ船を進めた。




