夜襲
闇の中を動く集団がいる。
月は無く、星もまた、無い。
殺伐とした原野を横切り、漆黒の間道を進む。
集団は、とある山裾へ近づいていった。
山裾には砦があり、そこに用があるらしい。
(全員止まれ)
砦の手前で指揮官らしき人物が声なき声をあげた。
(どうだ)
(予想以上に規律が乱れている様子です)
(ならば仕事がしやすいな)
(まったく。武田も大したことありませんぜ)
(油断するなよ。では始めろ)
人数は、九人、十人、いや二十人近いかもしれない。
それが三手に分かれて音もなく砦に近寄っていった。
そして次々柵を乗り越え、やがて全員砦の中へ吸い込まれていった。
ここは相模の国である。
今年になってから甲斐の武田軍が繰り返し侵入してきている。
それに対処するため北条軍がここに砦を築いたのだが、先日武田軍が奪い取ってしまったのだ。
そして更にそれを奪い返そうという。
今夜砦の守備隊長が不在だとの情報を入手し、急きょ夜襲部隊が編成された。
彼らは武士ではない。
相州乱波と呼ばれた、風魔の者たちである。
砦の中は報告通り、規律が乱れていた。
「どうした、酒はもうないのか。近くの村からたくさん徴収しただろうが」
「いやそれがよ、半分くらいは油だったのよ。器が全部同じ形だったからよ」
「隊長が戻ったらうるさいぞ。どっかに隠しとけ」
つい先日戦ったばかりである。まだ殺気が抜けきっていない様子ではあるが、いくさの緊張感から解放された上に大将が不在である。
気が緩むのもやむを得ない事だ。
だが風魔はそれを見逃さない。
「ん、なんだか焦げ臭いぞ。どっか燃えとらんか」
「おい、燃えとるぞ、火事になる前に消せ。水はないのか」
「水の貯め置きは全部使い切ったわ。酒があるだろう、酒をかけろ」
「わかった、これだな。まかせろ」
「ちょっと待て、それは酒ではなく油だ。ああ、遅かったか」
その頃からだった。
「夜襲だ!」
「北条の大群が攻めてきたぞ!」
と、あちこちから叫び声が上がり始めたのは。
賭け事に興じていた者たちも、酒を飲んで騒いでいた者たちも、不意打ちを食らって大慌てに慌てはじめた。次々と砦を飛び出し、甲斐と思われる方向へ逃げ出そうとした。
「お前ら逃げるな! 逃げたら死罪だぞ!」
責任者らしき侍が必死に留めるが、一度崩れた集団を食い止めるのは容易ではない。
「ワシらを餌食にしてあんただけ逃げるつもりなんだろう」
逆に食って掛かられる始末である。
その混乱の中、炎と闇の間を機敏に動き回る風魔たちの姿があった。