第2章 63.5話 存在しない者、してはいけない者、抹消すべき者
時は少し遡り、桜蘭たちがアダムス邸を旅立った後 少ししてからの事、一人の少年がこの場所を訪れた。
三上 礼、彼はこの場所に現れた。
「やぁ!アレックスさん!」
礼は元気にアレックスにあいさつした。
「うわぁ!」
庭で草刈りをしていたアレックスに、急に後ろから声をかけられたせいで彼は飛び跳ねて驚いた。
「レ レイ君!?どうしてここに?私は言われたことはやったぞ?」
「そんな驚かなくても...いやね、あなたにお礼を言いたくて、彼らを一日泊めてくれたおかげで、ようやく軍の展開が完了できたんだ。感謝します」
「軍の...展開?まさか、彼らをここに泊めさせたのは足止めの為?」
「まー、正解かな?思いのほか彼らの行動スピードが速くてね、こっちも追いつけなかったんだ。だけどこれで準備が出来た。だってつまらないでしょ?雑魚戦のないゲームなんて、それに思いのほか僕に付く一般人が少なかったから、その分の人員の補充も兼ねてね。今、僕の味方と言えるのは、王国軍の人と他の地区のリーダーだけなんだよ...
ハハハ...『坂神 桜蘭』、彼の言葉がこの世界を変え始めているんだ。彼の正義感がこの国の、この世界の心を変え始めている。もしかしたら、彼なら、本当に僕を倒してくれるのかもしれないねぇ...これからがゲームの本番、次は南ウィート地区のレオナルド、あの卑怯者にどう対抗するのか、楽しみだな!」
三上はずいぶんと楽しそうにしている。そんな彼を見てアレックスは口を開いた。
「本当に君は、何がしたいんだ?グレイシアちゃん以上に君は分からないよ。何を考えている?」
「僕の目的、ですか?目的はただこのゲームを楽しみたい、っていうのは結構本音なんだよね。意外とそれが答えなんだよ。話は変わるけど、そろそろ僕がここに来た理由を聞きたい頃ですよね、質問です。アレックスさん、彼らがここに来るの、異常に早く感じませんでした?」
アレックスはこの質問の意図を読もうとしたが分からない、素直に答えるしかなかった。すこし、三上の声色が変わったのをアレックスは感じていた。
「確かに、明日来るぐらいに感じていた。早いなとは思っていたけど、それがどうかしたのかい?」
三上はここで、表情を暗くさせた。
「率直に言います、エミリアンが殺されてたんです。それどころか、タナエ村が壊滅しました」
三上の言葉にアレックスは顔を強張らせた。
「その表情、やはり、まだこの事はこっちに情報は来てなかったのですか...彼らがエミリアンを殺した、そう考えてもいいんですけど、どうにも変なんです。エミリアンが死んだ時刻と彼らがタナエ村に来た時間、どう考えても彼らの到着前にエミリアンは死んでいるんですよ...確かに、僕のこのゲームで、リーダーを倒そうと別で動き出したものもいてもおかしくはない、だけどそれでも違和感があるんです。彼らの死に方、全て同じ殺され方をしていた。やったのは一人という可能性がある...」
三上は、アレックスに話しながら考えていた。そしてある仮定に行きつく。
「...!?アレックスさん!ここに訪れたのは何人でしたか!?」
アレックスは、この質問の意図が分からない、だが、引っかかるみたいだ。
「シィズ君にサム君、それにグレイシアちゃんの三人。そしてサクラ君 レイサワ君 レイラちゃん、君の追う三人、そしてスイレンと呼ばれた青年...」
「スイレン?フルネームは?」
「アマガミ スイレン。確かそう言っていた。その人も君と同じくニホンから来たのだと」
三上の表情は、今までにない焦りの表情に変わった。冷や汗が尋常じゃない。
「これは...かなりヤバいかも...」
「どういう事だい? レイ君...」
「一言で言えば、僕のゲームのバグだ...存在してはいけない者がいる。くそっ!次から次に不祥事が起こる...!」
三上はせかせか何かやっている。
「アレックスさん!ボーダーのジョシュと連絡を取ってください!彼なら、通信をたどって勇者たちがどこにいるのか把握できるはず!」
「わ...分かった。だが、なぜそんなに慌てて...」
アレックスは、今まで余裕の顔しか見せなかった三上がどうしてここまで焦るのか分からない。
「分かりませんか!?僕はエミリアンと三週間ほど前に連絡を取っていた時です。その時にタナエ村に一人の男が迷い込んで保護したと連絡があった、そのことはあなたも知っているはずです!」
「あぁ、どうにも記憶喪失らしいと聞いていたね。まさか、その彼が?」
「そうです!そいつこそが睡蓮です!そしてその彼は既にこの世界に来て三週間は過ぎているという事です!」
この時アレックスは、昔に三上が話していたことを思い出した。
「まさか...ここの世界に来て、一か月のうちに覚醒出来なければ、バケモノになる...」
「そう、それでなくても三週間ともなれば軽い恐怖をするだけで一気にバケモノ化する可能性があります!あーもう!ちょっとは休ませてよ!あの人たちの覚醒も促さなきゃいけないのに!」
「ん?促す?彼らに覚醒を?」
アレックスは、三上が一瞬、味方のような気がした。自分の身を削って、彼らに覚醒を促す。全く持って理解できない行動だ、だが。
「ん~?そうですよ?だからこれはゲームなんですよ、主人公のレベルアップは必須でしょ?それにあなたも分かってるはずです。僕の力は、今までの奴らとはレベルが違う事くらいさ。せめて、覚醒者が三人以上いないと、勝負にならないんだよねぇ」
三上はニヤァと笑った。やはり三上はゲームを楽しむことが一番の目的の様だ。だが、直後にまた表情を元に戻した。
その後アレックスはボーダー地区との連絡がついたようだ。
「どうやら、サクラ君たちは今、地区境に一番近いガソリンスタンドにいるみたいだ」
三上は停めてあったバイクに乗った。三上の約百四十センチほどしかない彼の体格に対しては少し大きいバイクだ。三上はソレを手足の様に軽く扱い発進した。
「そか、じゃ!行ってくる!」
アレックスは、再び取り残された。
「本当に分からない。彼は一体何をする気なんだ?」
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「四人目...か。さてと、次はどう出るか...彼の正体は恐らく......」
バイクで駆ける三上の顔には、笑顔は無かった。あるのはたった一つの感情。『焦り』だった。
三上の真の目的を知る者は、誰もいない。
『急げ...』