第2章 61話 暴風の兄弟喧嘩 その2
ジョニーは弓を思いっきり引き絞り矢を放った。サムは前に出て矢を振り払い、短刀で切り付けようとする。だが、サムが間合いを詰め切る前にジョニーは再び矢を放ち、間合いを取る。
俺は、見ている事しか出来ない。サムは手を出すなと言ったからな。今は、相手の動きを見て、観察しよう。観るのも重要な戦いの一つだしね。
隣から、シィズが話しかけてきた。
「サクラ君、サムとお兄さんのジョニーについてちょっと話しておいた方がいいわね」
シィズは、一方的に俺に話しかけた。
「五年前、サムとジョニーは人質立てこもり事件をそれぞれ担当していたの。サムは警察として、ジョニーは軍としてね。
場所は普通の飲食店での立てこもり、人質の数は数十人ほど、犯人の要求は現金十億、ごく普通のって言ったらあれだけど、よく聞く内容の事件だったのよね。だけど、問題はそこにいた人質なのよ。そこにはこの国の重役がいたの。元、国防省長官。エファナ アンダーソン。犯人はそれを知って大喜び、要求金額を一千億にしてきたのよ。そこで軍も警察も大慌て。作戦を入念に立てなおそうとした。そこで少々時間がかかってしまったのよ。
問題はそこで起きたのね。手筈通りに突入する部隊が犯人たちに知れ渡ってしまった。犯人は激高して、すぐにでも長官を殺すと言った。その瞬間が、あの二人を決別させたの。サムは絶対に全員を助ける為に慎重に行動した。だけどジョニーは今にも殺しそうな彼らを危険と判断して早急に行動した。
結果は、死者三名。負傷者無しだったの。この数はこの手の立てこもり事件ではかなり少ない人数だったのよ。その功績で、ジョニーは今の地位まで昇っていった。
だけどサムはその三人を助けられなかったことをずっと悔やんでいるの。今もずっとね。だから、サムは今もあんなに怒ってるの、命の犠牲を糧にのし上がったジョニー・ヨゥという人間をね。サムは今でも死んだ人たちへの墓参りは毎月欠かさずに行ってるのよね」
そういう事か、数十人 人質がいて犠牲者は三人。確かに凄い結果だとは思う。でも、重役を助ける為に三人を犠牲にしたか...俺的にはどっちも間違ってない気がする。慎重に行動してもそのエファナが死んでしまった可能性もあるんだよな。今となっては後の祭りだ。どの選択肢が一番だったのか、今はもう確かめようがない。
だからと言ってジョニーを肯定したくもない。うーーーーーん 難しいな。
話を聞いていたら、二人の戦いはさらに激しさを増していった。凄まじい勢いでサムが攻撃を仕掛ける、ジョニーは、矢を手に持ちそれを武器にサムの攻撃を捌く、そして隙を見つけては弓に装填し放つ。そしてサムはそれをはじいて再び攻撃に移る。そんな光景が繰り返された。
「サム!ずいぶんと腕を上げたみたいじゃないか。その強さ、どこで手に入れた?陛下への憎悪かぁ?それとも、俺か?」
「怒りごときでは、強くはなれん。この力は、私の仲間のおかげだ。一緒に戦った友が私を強くしてくれたんだ!」
「ほぉ、仲間...ねぇ......それが、甘いって言ってんだぁ!!」
「うぐっ!」
ジョニーは矢を放った。サムはそれを短刀で受け流そうとしたが、サムの体は後ろに吹っ飛ばされた。今の一撃、矢に風の魔法を加えたんだ。
「ほんと...お前は甘すぎる。仲間のおかげで強くなれた?笑わせるな、俺は腕を上げたなとは言ったが、強くなったとは一言も言ってないぞ?腕を上げてもなお、俺には到底及ばないんだよ、お前は...」
ジョニーは、再び矢に風を纏わせ弓を引いた。
「サム...お前が俺より強くなれないのは、下らない仲間とか貫く正義とか、そんなことに縛られているからだ。強さはそんな事では手に入らない。目的の為に、すべてを投げ出す事が出来る覚悟が必要なんだよ。その覚悟がお前にないから、お前はかつて国境の外にも行けず、誰も守ることが出来なかったんだ」
ジョニーは、矢を放った。その一撃は矢というよりかは、まるで嵐をそのままぶつけるかのように炸裂した。凄まじい暴風が周囲を襲った。
「終わりだ...サム。あの世で、自分の生き方を後悔しろ」
...やられた...のか?あの、一瞬で? サムが?
俺はしばらく現状を理解できなかった。
「さぁ、個人的な決着はついた。次はだれがやる?」
俺が固まっていたら、麗沢が前に出てきた。
「拙者が行く。この者は...拙者が倒す!」
「お前の話は聞いている。そこそこにはやりそうだ。だが、お前ではサムにすら及ばないんだろ?」
間違ってはいない。前に移動途中の休憩で、一度だけ、俺は麗沢と一緒にサムと勝負したことがある。その時は見事に俺たちは惨敗だった。この戦い、麗沢では勝てない...俺も行く!
「俺も行くッス」
「二人か?全員で来てもいいんだぞ?」
ジョニーは煽っていく。だが、
「待て...ジョニーィ...!」
ジョニーの後ろから声がしたと思った瞬間。ジョニーの体は一気に吹き飛ばされ巨大な岩に激突した。
「クッ...はぁ。サム、まだ生きていたのか...死にぞこないが、!?」
ジョニーが顔を上げた瞬間、彼の顔は驚きに変わっていた。驚いた理由はたった一つ。今までなかった殺気がサムからあふれ出している。
俺は最初から今までのサムに違和感があった。今まではなんというか、失礼だけど他人のせいにして、自分のやってる事が正しいと思っている感じだった。だけど、この戦いでは何かが違う。
「まだ、終わっていない。お前は...私が倒す!」
恐らくだけど、サムはずっと逃げ道を探していたんだ。あの事件で自分こそが正しかったと。それを証明するための逃げ道を...それがいつしか、兄への憎しみに変わっていったんだ。
だけど、サム自身は分からなくなっているのかもしれない。あの事件は、兄が正しいと、そう考えている自分がいる。
「いい加減気付いたか?自分の愚かさに...」
サムは今、ようやく自分自身と向き合っている。三人を殺してしまったことへの、その後悔の感情を乗り越えようとしている。そして、そこにある本当の罪を理解しようとしている。
俺は聞いてて思った。あの事件に悪人はいない。きっと、互いに後悔しあってる。多分、ジョニーも同じかもしれない。
「あぁ、気付いたさ。私は愚かだ。何もわかっていなかった。だが、それはお前もだ!」
「なんだと?」
互いに、あの事件を後悔している。サムは兄を止められず三人を殺したことを、ジョニーは、自分の早計さを? ジョニーは、まさか...
「お前は、強くなるには、目的の為に全てを投げ出す覚悟がいると言った。お前は、それで強さを手に入れれたと、本気で思ったか?お前は強さを、力を手に入れる事が目的だったのか?違うはずだ!」
「!?」
そうだ、ジョニーもきっと逃げていたんだ。自分は正しい事をしたと、そう言い聞かせている。
同じなんだ。ジョニーも、サムが正しかったのでは?と考えているんだ。二人はそれを認めたくなくて、互いを憎んでいるんだ。サムはジョニーの、ジョニーはサムのせいにしているんだ。
「...黙れ」
ジョニーは、矢を放つ。サムをかすめながら、矢は飛んでいった。
「お前は、私と同じだ。お前は探しているんだよ。自分を裁くものを」
「...! 黙れ!」
再び矢を放つ。当たらない。まるでわざと外しているかのようだ。
「私は、ようやく理解できた。私は、お前を裁くことで、あの三人の無念を晴らせると、勝手に自分に言い聞かせていた。だが、それは間違いだった。きっと、お前を倒しても、あの三人は浮かばれない。
裁くべき存在は...私の弱い心だ!私は、あの三人を守ると誓ったが、守れなかった。私は、その後悔の感情をお前にぶつけて逃げていたんだ!」
「......そうか、お前はそう考えているのか...やはり甘い奴だ...まだあいつ他の事を気にしてんだな。ほんと、ムカつく奴だ」
ジョニー、口ではそう言っているが、内心はもっと違っているはずだ。一番気にしているのは、お前の方だ。
「私が今やるべきことは、己を裁き、そして、お前を、救う事だ。『兄さん』」
「...正しいのは、俺だ。いいだろう、今度こそ、決着をつけるぞ!サム!どちらが正しかったか、この勝負で決着をつけようじゃないか!」
「あぁ、次の一撃で、終わらせる!」
俺が言うのもなんだけど、二人とも、不器用なだけなんだな。