第2章 60話 暴風の兄弟喧嘩 その1
俺たちは馬で、砂漠を駆け抜けていた。喋ると舌を噛むから、みんな無言だ。だけど、ランサーはやたらと元気だ。そしてスピードは一番早い。
そして夕方、ようやく地区の境に来た。砂漠地帯の終わりが見えてきた。緑が見える。俺たちはここで少し休憩した。
「ふぅ、あと三十キロほど走らせれば、町に着く。アグリカル地区、ノウバク市。あそこならばレンタカー屋もあるし、トランシーバの修理も出来る。時間が無ければ買えばいい」
トランシーバの親機は、確かに壊れてはいないが、さっきの戦いでジャックされていたこともあり、より安全な通信手段にするために今は一旦トランシーバは、電源ごと切っている。その影響でジョシュとの連絡はまだ取っていない。だから、次の地区のリーダーは誰かよく分からない。このアグリカル地区ってのは確かなはずなんだけどね。
確かに、馬もいいけど、ずっと乗ってると臭いが付くし、それよりも疲れる。
「ここまでサンキューな、ランサー」
俺はランサーを撫でた。
(ま、久しぶりに思う存分走れたし、文句はねぇな。また会う時を楽しみにしてるぜ。それまではおとなしく待っててやるよ)
はっきりとは分からないが、俺にはそう言っている様に感じる。
俺は、ランサーを撫でた後、睡蓮の元に向かった。また、ボーっとしている。
「睡蓮、最近ボーっとしてる事が多いッスけど、大丈夫ッスか?」
もとからボーっとしていることは、結構見かけたが、最近はなんか、様子が変だ。今までは何か考え込んでいる感じだったのに、今はただ、正に虚空を見ていると言った感じだ。
「ん?あぁ、またか...」
「また? どういう事ッスか?」
「最近どうにも気を抜いてると、意識が消えてる事があるんだ。別に、これといって体調が悪い訳じゃないんだけどね...多分、疲れてるんだと思う。心配かけて済まないね。俺は大丈夫だからさ」
疲労かぁ、確かに色々起こったからなぁ。疲れるよな。睡蓮は大丈夫だって言ったけど、急に倒れないでくれよ?
「さてと、あと少しだ。そろそろ行こう」
俺たちは荷物を整え、馬に乗った。乗り方のコツは睡蓮にさっき教わった。だから、まだぎこちないがどうにか普通に乗れるようにはなった。
「よし!じゃあ行こう!」
シィズの掛け声の元、俺たちは走り出した。
大分馬の扱いに慣れてきた。今、俺たちは馬で駆けながらノウバク市という町を目指す。あと数キロで着くという時だった。
(...!?)
「へ? うわああぁぁっ!!」
ランサーが急に俺を振り落とした。いててて...思いっきりしりもち着いた。
なんでだ?急に俺を振り落として...
「ん?これは...」
俺は近くに何か刺さっているのを見つけた。
「これって、矢 ッスね」
俺はそれを引き抜いた。どこからどう見ても、矢 だ。俺は周囲を見渡す。みんなも周りを警戒した。そして、サムが口を開いた。
「その矢...サクラ君、ちょっとその矢を見せてくれないか?」
サムの顔は、凄まじい程に険しくなっている。何かに怒ってる、そんな感じだ。俺は少しビビりながら矢を渡した。
「この矢、間違いない...!ジョニー...やはりあいつは向こうに付いていたか!サクラ君!!」
「は、はぃっ!?」
「こいつの相手は、私に任せてくれないか?向こうも、その気になったみたいだしな。手出しは、絶対にしないでくれ。奴は、この手で倒す!」
物陰から一人の男が出てきた。手にはちょっと小さめの弓を持ち、背中に大量の矢を背負っている。
「久しぶりだな、サム 五年ぶりだな。久しぶり過ぎて、なんて声掛けたらいいのか分かんないからさ、感動の再開に、俺からの土産だ!!」
ジョニーは一瞬で矢を放った。弓と矢なんて、動作が結構いるはずなのに、こいつは俺が銃を構えて撃つよりも早く、サムに目がけて矢を弓から放った。
だがサムも負けていない、腰のベルトから短刀を逆手で抜き一気に降り抜いた。降り抜いた一瞬でサムは、風を前方に飛ばし矢をサムの手前で落とした。
「相変わらずだなジョニー、確かに五年ぶりだが、正確には五年と六か月、後一四日ぶりだ。あの日の事、まだはっきりと覚えているぞ...このクズ野郎」
サムは今まで見た事ないような形相でジョニーを睨みつけている。サムは相当この、ジョニーという男の事を憎んでいるみたいだ。
「クズ...かぁ。流石に俺をもう兄とは呼ばないんだな」
兄弟!? あ、でも言われてみれば少し似てるような...
「当たり前だ。お前のような奴とは兄弟と思いたくない。目的の為に、しかも出世の為だけに、当たり前の様に民間人を犠牲にするようなお前をな」
「ふん、言い訳がましいが、あの事件、あの犠牲があったからこそより沢山の命は守れたんだとは思わなかったのか?彼らが犠牲になったおかげで最も守るべきものを守ることが出来たんだ。その成り行きで俺は出世できただけだ。ただの偶然だ」
「偶然?違うな。お前はあいつを救えばのし上がれると分かっていたんだ。何故、あいつだけを助けた?国防長官を、それにお前の実力ならもっと多くの人を救えたはずだ。何故、一緒に囚われていた子供たちも助けようとしなかったんだ!
それにだ!私はあの時、突入は待てと言っていたはずだ!それなのにお前は勝手に突入を決行した!もう少し待てば、包囲網は完成するはずだったのに!もっと被害を押さえられたはずなのに...!」
うーん、何となく話が見えてきたかな?つまりは昔この二人は、その事件がきっかけでこんなにいがみ合ってるのか。
「あの時、もう少し待っていたら長官は殺されていたんだぞ?お前は甘すぎるんだ。物事の重要性を天秤にかけられない。だから今もお前は警部補止まりで、俺は軍の大佐なんだよ」
「違う!お前が煽り立てなければ、奴らも動かなかったはずだ!全員を助ける猶予はあったんだ!もういい、お前とはどうやらどこまで行っても分かり合えることはなさそうだ」
「そうだな...お前はいい加減目障りに思ってたんだ。いつまでも目の前の正義に生きやがって。ほんと、陛下は良い舞台を用意してくれたもんだ。俺はお前の敵、お前は俺の敵。こんな単純な状況を作ってくれた。感謝しなくちゃな」
ジョニーは背中から矢を抜き、弓に掛けた。
「確かに、いい機会だ。お前は敵、兄でも何でもない。私はお前を倒して、お前の罪を証明させてやる」
サムも短刀を逆手もちで構えた。
「行くぞ...」
「来い」