第2章 54話 国民的アイドルは、爆弾魔 その3
睡蓮がまず、周囲の匂いを嗅いだ。
「うん。さっきのワイヤーの爆弾の硝煙以外は特に臭わないな。近くにはいないか...だが、シャルロットは確か、まずは桜蘭君から狙うとか言っていた。この発言は俺たちを惑わすための嘘か、はたまたド直球な真実か...」
睡蓮、けっこう深く考えてるなぁ。俺とは大違いだ。俺に出来ることは何か動くものがいないか見るだけ。俺は今、特に考えて行動してない。
「にしても、甘い匂いッスか...分からなかったッス。あ、もし香水だとしたら、なんで爆弾からも香水の匂いがしたんスかねぇ?」
静寂というのはあまり得意じゃない。俺は周囲に集中しつつ、こんな下らない事を睡蓮に聞いてた。
「ん?う~ん、あの子も女の子って事じゃないかい?シャルロットにとって爆弾は洋服の様なものって言う可能性もあるしね。まぁ冗談だけど」
冗談かい。でも、意外とあり得ない事じゃないかもしれないな。オシャレ感覚での爆弾...やっぱ分からんわ。
「そのとーりだよ!私にとって爆弾はオシャレの道具の一つなの!」
どこかから、シャルロットの声が聞こえた。近い。というか本当に睡蓮の予想通りだったんかい!
「にしても、この香水、あんまり匂いがきつくないやつなんだけど、良く気付いたねぇ。やっぱり嗅覚に優れている者がいるという可能性は的中かぁ...黒色火薬の爆弾作ってきて良かったぁ」
コクショク?よく分からんな。まぁそんなことはどうでもいい。俺は一つの問題に行き付いていた。シャルロットは今近くにいる。なのになぜ睡蓮は気が付かなかったんだ?
「くそ...そういう事か。俺が匂いに敏感になっている事に既に気付いていたんだな。お前は最初の『葡萄爆弾』で自分に硝煙の匂いを染み込ませ、自分の香水の匂いを消した。それで、あのワイヤー爆弾、アレは匂いを出すための物だ。お前は周囲の匂いと一体化した。だから俺は気が付かなかった」
結構近くに敵が迫っているというのに、睡蓮は冷静だな。俺も見習わなくちゃ!
さて、声はどこから聞こえた?右の建物か、左の建物か...はたまた正面か...
「だ~いせ~か~い!!私が香水をつけてたのは、私の匂いをあなたたちに教える為。匂いにつられて来た者を一網打尽にするつもりだったんだけど、バレちゃってるみたいだね、えっと君がスイレンだったね。いいセンスだよ」
今の声、右の建物か...麗沢なら、はっきりとわかったのだろうか?俺は、睡蓮にアイコンタクトを送った。右の建物から声が聞こえた。と。睡蓮にもそれは伝わり、頷いてくれた。
俺たちはその場に立ち止まり、声の聞こえた場所を探す。さっきのは確か、あの位置だ。あの窓の裏側。あそこだ。銃では真っ直ぐしか撃てない。ましてや、壁を壊せる威力の魔法は今の俺では使えない。やるなら、ここの窓から飛び込んで、接近戦にするしかない。
爆弾を使うという事は基本、中距離戦で戦うはず。相手とある程度の距離を取りながら出なければ爆弾は真価を発揮できない。そしてシャルロットの体型は筋肉質じゃない、モデル的な美しさを求めた筋肉の付き方だった。つまり、俺と睡蓮が同時に行けば勝機が俺たちに来る。
睡蓮は、俺の計画を理解したみたいだ。さぁ、飛び込む準備は出来た。
「行くよ、桜蘭」「はいッス 睡蓮」
俺たちは同時に建物に飛び込んだ。ガラスを割り、受け身をとる。少しガラスが手に刺さった。痛いが、これはすぐにでも治せる。今は奴を!
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やられた...ここにシャルロットはいない。あるのはスピーカーだ。こんな音質の良いスピーカーあるのかよ。くそっ、麗沢あたりの連絡を取っておくべきだったか!?俺の中で後悔の感情が渦巻いた。
「チックタック、チックタック...ね!、私ってさ、時計がだいすきでね、一つ一つの針が、歯車が、正確に、ズレる事なくリズムに乗せて動くあの姿、今でも大好きなんだぁ。中でも一番好きな瞬間があるのね。それは全ての針が一つになる瞬間、あの瞬間がたまらないんだよぉ。
ねぇ、聞こえる?すべてが重なる瞬間はもうすぐそこに来てるの」
外にシャルロットはいた。俺たちに向かって人差し指を振っている。この状況を示していることは一つ。
敗北だ。
「マズイ!桜蘭君!外だ!外に逃げるぞ!!」
ほんの一瞬だった。俺もとっさに逃げようとした。だが、僅かに飛び散ったガラス片に足を取られてしまった。これが原因だ。睡蓮が俺が少しよろめいたのを見てとっさに俺の腕を掴んだ。このほんの一瞬の時間のロスが、最大のミスだった。
俺が見たのは柱ににあった時計、それが真上を向いた姿だった。
直後だ、耳が痛くなる爆音に、熱さと同時に来た痛み。そして俺が見たのは天井が落ちて来たところだけだった。
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「んっ...俺は...!?」
俺は少し気を失っていたみたいだ。それを理解するのは一瞬で事足りた。しかし、今はそれどころではない、目の前に天井がある。そしてその更に目の前で睡蓮がその天井を押さえていた。
「や...やぁ、気が付いたかい?」
かなりキツそうに睡蓮は俺に笑いかけた。ぎこちない笑いだ。
「ちょっ!睡蓮!大丈夫ッスか!? 痛っつぁ!!」
俺の頭の部分に強烈な痛みが襲った。そこの部分を手で押さえた。なんだか生暖かく濡れてる。
「無理しなくていい!俺が何とか道を切り開くから、桜蘭は怪我を治すのに集中してくれ!」
俺は手を見た。暗くてよく見えないが、がれきの隙間の光で辛うじて見える。真っ赤だ。俺の手は赤くべたついている。これは俺の血だ。その直後、激しい吐き気が俺を襲った。何故かはよく分からない。血が気持ち悪かったからじゃない。恐らく、相当な衝撃が頭を直撃したからだろう。まともに立てそうにない。這いつくばるのもやっとだ。
「結構な...怪我ッスね...ごめんなさいッス」
俺が不用意に行動したのがこうなった原因だ。まずは謝ろう。
「謝る必要はないよ。情けないのは俺の方だ。よく考えなくても、単純な罠だったのに...まんまと引っかかってしまった。謝るのは俺の方だよ」
しばらく、この状況が続いたが、さすがにもう睡蓮の体力が持ちそうにない。どうする...俺はまだ這う事すら困難だ。そうだ!
「睡蓮...土の魔法で、ここに柱みたいなの...立てれないッスか?」
「やろうと思ったんだが...どうにも、魔法は手からしか出せないみたいだ。今、手は塞がっている」
くそ、どうすればいいんだよ。 情けない...もう嫌だ。俺はいつも誰かに助けられてる。いい加減にしろよ。誰かを助けさせろよ、こんな怪我、どうってことないだろ。頑張れば立てるだろ。やろうと思えば、こんな状況一気に覆せるだろ!こんな瓦礫の山、一気に吹っ飛ばせるだろ!
俺はいつの間にか銃を握って天井に銃口を向けていた。そして引き金を引いた。
「睡蓮!手を放せ!」
天井は吹き飛んだ。見晴らしのいい空が俺たちに差し込んだ。俺は、ゆっくりとその場から立ち上がった。
「桜蘭?」
睡蓮が俺に声をかけた。
「あ、またッス...」
俺は我に返った。というか、何だろう変な気分。今のは、出来て当たり前みたいな気がしていた。
さっきの感覚、アンリエッタを倒したときの感覚に似てた。でもなんでだろう、思い出せない。どうやって吹っ飛ばした?どうやって、こんな一瞬で怪我を治したんだろう。もう吐き気もない。手にはべたついた血が付いているが、頭部の痛みもない。
「あともう少しな気がする。あともう少しで『覚醒』が理解できそうなんス。睡蓮、俺、どんだけ気絶してたッスか?」
あたりを見渡したが、そこにシャルロットはいない。既に麗沢の方に向かっているのか?
「桜蘭が気絶していたのはほんの二十秒ほどだ。だからシャルロットはまだそこまで遠くにはいっていないはず。追うかい?」
睡蓮の提案、乗らない訳ないだろ。
「あぁ、行くッスよ。借りは返さなきゃいけないッスからね。今度は逆に思いっきり突っ込んでやるッス。爆弾がなんだ。俺は撃った銃弾が見える程になっているんだ。爆発する瞬間でも反応できるはず!!」
「確かに、むしろそっちの方がいいかもしれない。奴に接近さえすればこっちの勝ちだ。今度こそあいつの隙を突くぞ」
俺たちは再び、今度は堂々と通りを歩き始めた。